アフリカ・マコンデ族のナジャさんへの質問。 モザンビークの昔と今編

先月号に引き続き今月も『マコンデ族ナジャのアミーゴ公演』で活躍中のナジャさんへの質問集です。今回は、現在29歳のナジャが暮らしているモザンビークの昔と今がどう違うのか・・・興味深いお話です。

Nadja(マコンデ族の名前:ナジャ)

1987年モザンビーク共和国ムエダ村生まれペンバ在住。ボーカリスト&ギターリスト。

2013年のNGOモザンビークのいのちをつなぐ会の設立時から会の活動に協力し、

スラムの学舎・寺子屋の建設・運営を行っています。音楽教室が大人気!

Q1:これまで何人家族で住んでいましたか?

A1   :   ムエダ村からペンバに来た5歳ぐらいから、多いときで22人ぐらいで住んでいます。ペンバに来てすぐは母と家族と住んでいて、10歳でイニシエーションの儀式が終わってから、叔父さんのナングンド(モザンビークで有名なミュージシャン。故人)の家に住み、叔父さんが事故で亡くなる2006年、私が19歳まで一緒でした。

その後、祖母と二人で暮らし、2011年に祖母を看取るまで一緒でした。今は、母と家族全部で19人で住んでいます。

親類の大人たちと。

親類の大人たちと。

 

2016年9月にペンバで開催されたナジャの叔父ナングンドの10回忌。

2016年9月にペンバで開催されたナジャの叔父ナングンドの10回忌。

Q2:幼いころの辛かった思い出はありますか?

A2  : まだムエダ村にいた4歳ぐらいのとき、寒い時期に外で薪をくべて暖をとっていたときに火の方に転げてしまって大やけどをしたことが一番古い記憶として残っています。その頃はモザンビークは内戦中で、大やけどをした何ヶ月か後に、ムエダ村からペンバに家族で逃げてきたのですが、その際に銃声がいたるところで鳴り響いて怖かったこと、まだ生きている人がゲリラ隊によって燃やされているのを見た光景を今でもはっきりと覚えています。

Q3:20年前の暮らしと今の暮らしは、どのように変わっていますか? 

A3   :  20年前のペンバは野原が開拓され家や道路が作られはじめていました。まだライオンやガゼル、インパラ、豚、うさぎも住んでいましたが人が増えて多くの動物を狩ってしまいました。街には電線が通っていましたが、我が家では伝統的なランタンを使っていて燃料にガソリンを使っていたと思います。水道は通っていて井戸も沢山あったのですが、ペンバの井戸はすべて干上がって現在使えるものはありません。

今の暮らしは、頻繁に停電しますが電気もあります。水道から水が出る日が1ヶ月に2,3回しかないのはコレラになる人もいて、衛生的にも良くないと思いますが、電気や水道が無く、餓死で亡くなる人もいる農村地区よりも私が住んでいるペンバは恵まれており、感謝しています。

現在のモザンビーク・ペンバの町並み

Q4:昔と比べて、良くなったこと、悪くなったことを教えてください。

A4   :  昔は内戦の影響で、みんな戦々恐々としていて、食べるもの、勉強するのも難しくて、自由がありませんでした。おびえて生きていた。それに比べたら、今は、幸せです。自由に出かけられるし、勉強も音楽もやろうと思えば、行動に移すことができます。

悪くなったところは、そうですねぇ、海が昔のほうがキレイだったとかありますが、良くなったことのほうが多くて、あまり思いつきません。でも、今、モザンビークでは政府軍(フレリモ党)や警察とレナモ党武装集団との間で武力衝突が長期化し、モザンビークからマラウイに逃げるモザンビーク難民も増えています。あの悲しくて苦しい内戦時代を繰り返さないよう、平和を強く願っています。

http://www.taringa.net/ より、モザンビーク内戦(1997-1992停戦)時の写真。

http://www.taringa.net/ より、モザンビーク内戦(1997-1992停戦)時の写真。

Q4:スラムの学舎・寺子屋の活動で一番大変だったことは何ですか。

A4   : 寺子屋の建築を始めたときが大変でした。というのも、建物を建てた経験がなかったので、何をどれだけ買えば良いのか計算していかなくてはならなくて、職人さんも真面目に働いてくれなかったり逃げたりするので、大変でした。

ペンバでは私たちは家を建てるときは、お金を貯めてちょっとずつ建てていきます。5年10年かけて家を建てていくことは一般的なので、寺子屋を建てるにも、どれぐらいのお金がかかるのか最初は予想もつきませんでした。あと、収支報告書を作るのも、エクセルを使うのが初めてだったので時間がかかって手間取りました。

寺子屋の子供たち。ナジャが現地にいない時は、青年有志が教育を行っています。
この日はガブリエルによる音楽教室。

寺子屋の子供たち。ナジャが現地にいない時は、青年有志が教育を行っています。
この日はガブリエルによる音楽教室。

Q5:スラムの子供たちの抱える問題と、寺子屋で音楽や読み書き、算数教室などを通じて、子供たちはどのように変わっているのか教えてください。

A5 : 子供は愛される権利と学ぶ権利があります。しかし私の住んでいる地域は、親がいない子もいるし、親がいても教育を与えてもらえていない子供たちがたくさんいます。彼らは、どういう風に生きるのが良いのか知りません。善悪の判断もあいまいです。そのままにしておくと悪い道に走ってしまい人生が壊れてしまいます。

寺子屋の教育を通じて、子供たちは学ぶこと、生きることに対して愛情を持つことができるようになっていると思います。きれい・きたない、よい・わるいといった判断を少しずつ身につけ、良いふるまいを習慣にしてきていると思います。

Q6:今度、やってみたい活動には何がありますか。 

A6 : NGOでの活動はペンバでは目新しい活動よりも、今やっている活動、寺子屋での教育や、美化活動、公衆衛生活動を継続していくことが大切だと考えています。アーティストとしては、来年セカンド・アルバムを録音クオリティを高くして製作したいです。より多くの人に私の曲を聞いてほしいです。

Q7:モザンビークに帰国して子供たちに伝えたいことを教えてください。 

A7   :   勇気をもつこと。怖れないこと。たくさん勉強をして、チャンスを作っていく力を教えたいです。

事務局に遊びに来た福岡の子供たちと一緒にパチリ。

事務局に遊びに来た福岡の子供たちと一緒にパチリ。

♪♪♪ アフリカ・マコンデ族 ナジャのアミーゴ公演 ♪♪♪

12月は東京公演!

 

※情報は2016.12.1時点のものです

榎本恵

アフリカ南東部のモザンビークで、教育支援や人材支援、環境保全、公衆衛生設備などに取り組む。日本とモザンビークの相互理解のためのイベントなども開催。モザンビークのいのちをつなぐ会代表。http://www.tsunagukai.com/

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