地元の人も知らない食材「ヒメアマエビ」と出会い起業した女性

今回は、鹿児島県垂水市の食品製造加工会社「Yoppi」社長・鎌田嘉恵さん(43)にお話をうかがいました。

鎌田さんは鹿児島市出身。自身のルーツがある鹿児島県・大隅半島特産のヒメアマエビをPRしたいと2014年に会社を設立。ヒメアマエビを使ったさつま揚げやカレーなどの商品を作っています。地元の食材にかける熱い思いや、起業を考える女性へのメッセージなどを語ってくださいました。

―起業までの歩みは。

 27歳で鹿児島から東京に出ました。広告代理店の電通秘書室に約8年勤めた後、赤坂で鹿児島の雑貨や食品を扱うセレクトショップを2011年に開きました。その年、九州新幹線が全線開通し、薩摩半島は観光客が増えたけれど、大隅半島まで広がっていないとの話を聞いていました。大隅の鹿屋市は祖父母の出身地で、何とか盛り上げられないかと思い、大隅地区4市5町の「ご当地弁当」をつくるイベントを13年に企画しました。その時、垂水市が考案した弁当が鹿児島湾でとれるヒメアマエビを使ったもので、それがヒメアマエビとの出会いでした。

地元でも食用としてほとんど流通しておらず、鹿児島の人も知らないような食材でした。ヒメアマエビで地域をPRしたいと思い、14年1月に会社を設立し、4月に垂水市に店舗をオープンしました。

―ヒメアマエビとは、どんなエビですか。

 ヒメアマエビは甘エビより小さいシバエビの一種です。昔は名前もなく、とげがあるので商品として売れず捨てられていたエビでした。垂水市では、かき揚げや唐揚げにしたり、さつま揚げにしていました。特にさつま揚げは殻ごとすりつぶすことで、きれいなピンク色になるので、お祝い事の時などに食べられていました。

名前が付いたのは09年で、鹿児島大学水産学部の大富潤教授が名付けました。垂水では数年前に製造、販売する店がなくなりました。地元に昔から伝わる懐かしい味を再現し、地域のみなさんに喜んでもらおう、またこの伝統の味を伝えていこうという思いで、昔ながらの手法で味を復活させました。

―どんな商品を作っていますか。

 ヒメアマエビの身の部分を100%使ったさつま揚げや、海老カツバーガー、レトルトの海老カレーなどです。今は刺し身にして、東京のすしチェーン店に出荷しています。。自分が作りたいものでなく、お客のニーズに合うものを作らなければいけないと感じています。次は殻を利用した粉を開発する予定です。

ヒメアマエビを使ったさつま揚げを手にする鎌田さん

―会社を1人で切り盛りしていますが、心の支えになったのは何ですか。

 従業員は地元の女性3人で、それとは別に殻むきをしてもらうためのアルバイトを頼んでいますが、営業も経理も1人でやっていて、スタッフ管理も大変です。でも、ヒメアマエビはオンリーワンでストーリーがある食材だから、必ず日の目を見るとの自信を支えに頑張れています。

―息抜きは。

 登山が好きで、東京にいたころは、アルプスなど月2回は登っていましたが、今は忙しくて行けません。垂水から車で自宅に帰る時に、夕日に映える桜島を眺めるのが息抜きでしょうか。桜島は社会人生活をスタートさせた地でもあるので、あの頃の初心を思い出したりしています。

―これからの抱負は。

 1年目で地元に根付き、2年目で県内、3年目で全国に広げたいと思っていました。今年に入り、関東のデパートの催事などで評価してもらったり、出荷先も増えたりして、ようやく手応えを感じています。エビが好きな東南アジアへの出荷が目標です。

―起業を考えている女性にメッセージを。

 自分の時間がなくなるので、まずは覚悟が要りますね。そして、どんなにつらくても悔しいことがあってもあきらめないこと。あきらめたらそこで終わってしまうから。後は人脈を大切にしてほしいですね。経営していると視野が狭くなりがちですが、客の声に耳を傾け、ニーズをつかんで変えられるところは変える、できることは実行することが必要だと思います。

※情報は2017.3.11時点のものです

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