ボンジュール☆リカちゃん。生誕50周年のリカちゃん展でInspireされた17のこと。

「アタシのリカちゃんがなーい!!!誘拐された!!!」

と泣き叫び、必死で家中を探しまくる我が妹(小学5年生)
探しても、探しても、リカちゃんは出てこない。

当時、リカちゃんのように可愛らしく(自称)洋服はピンクや白が多く
髪の毛は同じようにコテで巻き毛するほど、リカちゃんを愛していた妹。
ウニの次に愛おしいリカちゃんが、なくなったと騒ぎ立てている。

お人形には全く興味がない姉(ワタシ)と小学2年生の弟はもちろん知るはずもない。
姉は、叔母が10年以上大切にしていたヨーロッパの高級人形「JEJEちゃん・15万円」にヒゲを書いた報いだろうと、
母はリカちゃんのように、ちょっぴり、、、どころか究極にあわてんぼうの妹が勝手にどこかに置き忘れたのだろうと。

しかしそこには衝撃の結末が!!!

それが分かったのは30年後の、昨年だった。
(答えは最後の締めということでお許しください)


さて福岡市博物館では、生誕50周年を記念して「リカちゃん展」が2月22日よりスタート。(3月28日まで)

生誕50周年といっても、リカちゃんは永遠の小学5年生。

リカちゃんを開発した株式会社タカラスタンダードのリカちゃんページを見るとこう書いてある。

「あかるくて、ちょっぴり

あわてんぼうな小学5年生。

好きな色は白とピンク。

好きなお花は赤いバラよ。

おかし作りが大好きなの」

か、か、か、可愛いぃぃぃぃぃ!!!

ということで、前日の内覧会へ潜入捜査。
リカちゃん展に行くまでの経緯は前出の話も含めて色々あるのだが、
具体化したのは、友人が

「マンションの玄関に置き去りにされた迷子のリカちゃんを救出した」

とSNSに投稿したところから。

ただ私の中でのリカちゃん展は30年前の、あの事件からここに続いていたのだと思う。

文章でツラツラと書き綴るには、まとめきれないほどのInspireをもらったので、箇条書きでまとめることにする。
写真撮影は禁止なので、最後の撮影OKのコーナーの写真を使用。
大半が本文とは異なる写真ですので、お許しください。


1. #目だけリカちゃん ってハッシュタグがジワジワくる。

インスタ投稿の際は#目だけリカちゃん

インスタ投稿の際は#目だけリカちゃん

#目だけりかちゃん イコール #体型は自己責任 ってこと。
リカちゃんみたいになりたい人は画像加工を。

これで #体型もリカちゃん

これで #体型もリカちゃん

2.説明書きにある60,000体に衝撃。

1967年(昭和42年)7月4日の販売以降、累計60,000体売れている、リカちゃん。お人形に興味がなかったとは言え、子どものころから身近で、どこか同じ人間のような感覚ではあったので、助数詞が6万人ではなく、6万体ってところに妙に生々しさ感じた。

展示会には年代ごとに人気の51体がいる。(写真は51体とは別のリカちゃんたち)

展示会には年代ごとに人気の51体がいる。(写真は51体とは別のリカちゃんたち)

3.「ドリームハウスは病院の娘の家で見ていた」という同行者の発言に共感!

ちなみに私は、茶道の家元の娘に見せてもらっていた

ちなみに私は、茶道の家元の娘に見せてもらっていた

香山家の朝食をインスタ風に撮ってみた。お庭で朝食。憧れる。

香山家の朝食をインスタ風に撮ってみた。お庭で朝食。憧れる。

4.1972年から瞳の中にある3つのキラキラ星にメロメロ。

1967年から順にリカちゃんを見ていくと確かに1972年から目の中の星は3つに。

なるほど。パンフレットでも確認できる。めちゃくちゃ可愛い。

なるほど。パンフレットでも確認できる。めちゃくちゃ可愛い。

5.1967~2017年までに生まれた人は自分の年代のリカちゃんに会える。

対象外の方は、当時夢中になったリカちゃんを探してみよう。

写真撮影ができないので、撮影OKコーナーにいる、特に気に入った「さがほのか」りかちゃん

写真撮影ができないので、撮影OKコーナーにいる、特に気に入った「さがほのか」りかちゃん

6.2000年の沖縄サミットでは「外務省大臣官房国際広報室」で活躍。

琉球衣装を着たリカちゃんが際立って可愛い。香山リカの名刺も一緒に展示。

7.販売当時、1967年のリカちゃんファッションは現代に激しくインスパイヤー!

ファッション業界の方々は参考になること間違いなし。
そのまま、パリコレに出れそう!

スタイルが良いので、何着ても似合う!

スタイルが良いので、何着ても似合う!

8.開発当時の手書きノートを見るだけで、開発者の思いが伝わり泣ける。

今でこそ、このようにお金をかけてファッショナブルにスタイリッシュにできるが、
当時は人形作りに携わったことがない男性4人でスタート。
とにかく、「在庫の山」に埋もれてしまわないことに必死だった。

着物も良く似合う、リカちゃん。

着物も良く似合う、リカちゃん。

9.生産開始時の工場がお醤油屋さんであることに驚愕!

こちらのブログより抜粋。

当時リカちゃんの生産を請け負っていたのは、千葉県にあった老舗の醤油醸造メーカーの太平醤油株式会社(現:タイヘイ株式会社)で、事業拡大のため玩具部を作ったばかりだったそうで、割烹着を着けた地元のおばちゃんたちによってリカちゃんが作られていました。時には納期に間に合わせるため、徹夜をすることも度々だったそうです。

10.太平醤油株式会社でリカちゃん製作の様子がシュールすぎて目を疑う!

当時の生産の様子の写真があり、そこに写っていたのは丸い球体の数々。
私も同行者もそれを見ながら、こう話す。

「お醤油屋さんやけん、ポン酢か何かの材料で柑橘系の果物やろうもん!
いや、でもさリカちゃん展やけん、そんなはずないよね???」

よく見ると、リカちゃんの頭部の数々だった。
まだ髪の毛も生えていない頭部のみが転がる光景に、おおっ!となった。

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