10年目にして初めての感動! 母の日のうれしいサプライズ

 お姑(しゅうとめ)さんに気を使い過ぎて母の日がいつの間にか「おばあちゃんの日」になってしまったわが家。そして「母の日嫌い」になっていた私。でも昨年は、とてもうれしいサプライズがあったのです。

iStock.com/fizkes

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 私が子どもの頃は幼稚園でも小学校でも、母の日が近づくとお母さんの似顔絵を描いたり、「ありがとう」と手紙を書いたりするイベントが当たり前のように行われていました。でも最近ではさまざまな家庭があることから、母の日や父の日を取り上げないことが多くなっているようです。

 今年11歳になる娘の通っていた保育園でも、母の日だからと何かすることは一切なく、そのせいもあって娘は「母の日」が一体何の日か、いまいちピンと来ていませんでした。

 もちろん原因は保育園だけではありません。私の両親も夫の両親も健在で、しかも近くに住んでいるため、母の日となるとそちらへの対応がまず大事。私も一応母になったとはいえ、まだまだ「感謝してもらう」よりも「感謝する」立場にいるということが、1番大きな原因だったと思います。

 娘がよちよち歩きの頃から、お姑さんに花束を渡す係をやらせたり、手紙を書かせたりした結果、娘にとって「母の日」とは「おばあちゃんの日」のように刷り込まれてしまったのです。でも、だからといって私、つまり母本人が「母の日ってお母さんに感謝を伝える日なのよ」なんて教えるのもなんとなくおかしな気がして、モヤモヤしながら毎年母の日をやり過ごしていました。

 5年前、娘が年長さんの頃の母の日。娘がくれたピンクのカードに書かれていた言葉は「きょうは ははのひだから ばあばに なにかあげると いいよ」というものでした。これはさすがに大ショックでした。カードをもらって一瞬舞い上がっただけに、一気に地面にたたきつけられたような衝撃。私は娘の顔も見ることができず、ただただうなずくだけでした。

 その日以来、私は母の日に固く心を閉ざしました。街に『Happy Mother’s Day』のディスプレーがあふれても、SNSでママ友さんの『母の日投稿』を目にしても、「いやいやヨソはヨソ、ウチはウチ。わが家の母の日は『ばあばの日』です。もう何も期待いたしません」と、油断するとすぐに卑屈になってしまう自分の心を、ぎゅうぎゅうに抑えつけてきました。

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