仕事と子育ての両立に悩むママへ〜NAI・NAI起業のなまはげ みきvol.45

♪NAI-NAI-NAI お金ない、NAI-NAI-NAI 場所もない、NAI-NAI-NAI でもとまらない~.
お金も人脈も知識もなく起業した太刀山美樹です。

 

あの時、もし、こうだったら…、ああしていれば…。
「たら」「れば」を考えても、現在が変わるわけでもなく仕方ない事ですが、今でも私には後悔することがあります。

 

10年以上前のことです。子どもたちが小学生の時、家族旅行に冬の北海道に行ったことがあります。
たくさんの雪と、雄大な景色が広がる北海道に、今度は夏に行ってみようとなり、コツコツ貯金の結果、実現したのでした。

広大な大地と青空。夏の北海道は最高です。

広大な大地と青空。夏の北海道は最高です。

レンタカーを借りてドライブすると、北海道ならではの、どこまでもまっすぐな道に気持ちよくなり、スピード違反してしまうというスタートでしたが、道産子(どさんこ)に乗って普段は入ることのできない釧路湿原で、乗馬トレッキングを楽しみながら探索したり、美味しいものを食べたりと満喫していました。

 

ちょうど、そのころ私ははじめて自分が書いた原稿で、本を出版できるようになっていて、最終校正の確認作業にはいっていました。

 

この本の出版も偶然でした。さかのぼる事、その2年前、一度お会いしていたレクリエーション協会誌の当時の編集長の方に、私は無鉄砲にも「自分で考えた、この運動遊びは、保育の現場の先生達に、また自宅で何かしたいママ達に喜んでもらえる自信があります。どうしても本を出したいんです」と、山のような原稿を持ち込んだのがきっかけでした。当然、すぐに全部突っ返されました。しかし、その編集長に「順番を踏みなさい」と企画書の書き方から教えてもらい、形となっていっていき、2年後には出版に漕ぎつけたのです。

本を一冊書くことがこんなに大変とは思いませんでした。

本を一冊書くことがこんなに大変とは思いませんでした。

自分でものを書いてみたい、新聞記者になりたいと思っていた子どもの頃の夢のひとつが叶う、あと一歩のところ。

 

私の本は、無茶なお願いのもとでの出版。なので、優先する別スケジュールが入れば、後回しされるのは仕方のない事で、この詰めの最終校正が(ほぼ終わっていたものの)ギリギリのスケジュールになっていました。

 

「いよいよ、あと少しになりましたね。この数日で校正が終わります。なにかどうしても確認したいがあれば連絡しますね」と、校正の担当者から連絡をもらっていました。

 

この3日間の旅行と重なっていたのです。この頃は、電波がはいらず、携帯がつながりにくい場所も多く、着信に注意を払っていました。

いつ連絡があってもいいように電話とメモに注意を払っていました。

いつ連絡があってもいいように電話とメモに注意を払っていました。

北海道を車で回って2日目、大雪山のロープウエイでの事。

 

2人ずつ並んで座る席を見て、子どもたちの間で、かわいらしいもめ事が起こりました。

「わたしがママと座る!」

「ぼくが座る!」

決めるのはジャンケン!勝った息子と乗る事になりました。

 

「すごかったね〜〜〜、さあ〜下りのロープウエイも楽しみだね〜〜」

その瞬間、携帯電話が鳴りました。山の上で、偶然電波が入ったのでした。

 

「あ、はい…。」

まだ山の中、いつ電波がきれるかわかりません。あとでかけ直すにも、街に戻るのは夜。それでは遅い。

 

「少しだけいいですか?ごめんなさいね…家族旅行中でしょ。できるだけ手短にすませますね」

と、担当の方がすごく気を使ってくださっているのがわかります。

 

私のつたない原稿を形にしていただいている方です。私は内心、かけ直そうか迷いつつも、電波が入るうちに話さないと、みなさまに迷惑をかけてしまうと思い、「ありがとうございます。はい、大丈夫です」と返事をすると、息子に「すぐ終わるね」の目配せをして、隣の席に乗り込み、そのまま話を続けました。

 

ところが話の中で、「ここのイラストが…」「ここはこの部分が…」となってしまい、息子には何度も、もう終わるからねと「ごめんね」サインを送っていました。

 

確認が全部おわり「ありがとうございます。では…よろしくおねがいします」と電話を切った瞬間、もうゴールが目の前となってしまっていました。

 「ごめんね…お話が延びて」

その時、小学1年の息子がポツリとつぶやきました。

 

「…ママと見たかった…」

 

このなにげない言葉が心に大きくズキンときました。
しばらく言葉が出ませんでした。

 

「…ごめんなさい…」

 

この息子の呟きはそのあと、ずっと私の心に残りました。

 

足下には、豊かな北の大地と美しい森、雄大な大自然が広がっていました。よく見るとエゾシカの姿も遠くにあったようです。それは、私たち家族が暮らす九州では、決して見る事ができない光景だったのです。
初めて見るエゾシカを指差し、私に話しかけたかったんだと思います。

遠くにいたエゾシカのことなど母に話したいことがいっぱいあった息子の気持ちを思うと…

遠くにいたエゾシカのことなど母に話したいことがいっぱいあった息子の気持ちを思うと…

その一度しかない、大切な時間でした。

 

夜になりもう一度、
お風呂で「ごめんね」と
寝顔をみて「ごめんね」と
そして、夜中に泣いてしまいました。

 

わたしも「一緒に見たかった…」

 

自分の能力の低さを感じました。
なぜ一緒に見る事ができなかったのか?原因は私です。

 

スケジュールのずれは当たり前。
そこまでに終わらせられなかった私が悪かっただけ。

 

時間管理は大事だなと思います。

時間の流れを止めることはできません。

時間の流れを止めることはできません。

出版した本がこちらです。

出版した本がこちらです。

当時、私はフリーで動いていました。

 

「我が子の友だちつくりのために」とスタートしていった地域活動でした。ところが、徐々に輪が広がっていき、途中から子どもたちを保育園に預け、そのうち東京に本部がある子どものフィットネス協会で、ディレクターの仕事をしていたため、時に日曜にも出張イベントが入るようにもなっていました。

 

「母親と遊びたい我が子には、我慢をさせて、ほかの子どもと身体を動かす時間をつくるという事になってはいないか?これでいいのか?」と自問自答した時期も正直ありました。

 

当時、フリーインストラクターとして週に一回担当していたスポーツクラブのレッスンでは、お客さまの人数で謝金の額が決まっていました。またレッスン代行の届けを数回出すと、次の査定で謝金の額が下がる事がありました。年子の娘と息子の授業参観に参加するには(姉弟で同じ日ではないため)月に2回となり、なかなか届けが出せませんでした。

 

息子の「…ママと見たかった…」は、いまも私の心に残っています。

親子が一緒に過ごす時間はとても大切なこと。

親子が一緒に過ごす時間はとても大切なこと。

現在、私たちの会社、ミキファニットではシフト制を組んでいます。

 

希望をとり、できるだけ本人の希望にそう形をとっています。(シフトを組むスタッフは正直大変です)じゃあ、すべて本人の希望通りかというと、我が社は子どもの運動教室です。子どもたちの来る時間は夕方や土日に人が多いので、そこはカバーし合う形となっています。

 

今まで遅い時間をカバーしていた20代スタッフが結婚・育休に入ると、 時短で働いていたスタッフが
「子どもが少し成長したので、土曜にもはいります」
「うちは子どもが高校生になったので…」
「この日は、夫が(母が)カバーしてくれるので夕方はいります」
本当にうれしい、ありがたい事です。

育休中の社員もスカイプを使ってミーティングに参加できる制度も整えました。

育休中の社員もスカイプを使ってミーティングに参加できる制度も整えました。

まだまだ整えなければいけない部分がたくさんある会社です。ただ時短もテレワークも、授業参観の途中の勤務抜けの制度もみんなでつくりました。

 

でも制度ができただけではなく、カバーしてもらう側も大事だと思っています。おたがいさま。
いつでも自分が返せるようにアイドリングしながら準備をする。育休中も自分なりにスキルアップをし、そのインプットだけでなく、アウトプットへ変えていく事も必要だと思っています。

 

「…ママと見たかった…」

 

この言葉は私の心にずっと残っていました。
昨年、私は一ヶ月の間に4回、関西で講演の仕事をいただきました。

 

続けて近県での仕事だったため、移動の日を利用し、大阪の大学に進学した息子と、琵琶湖の歴史めぐりを半日楽しみました。

 

眼下に琵琶湖が広がる、長い下りのロープウエイの乗り場に立ち、前後の席に座ると、あの日の光景をおもいだしました。

もう隣に乗る年齢ではなくなったんだな。

 

あ、いま、一緒にこの景色を見ているんだな・・・
あの時できなかった事。そしてあの頃は、
「ママ!一緒に見て」だったのが
「りょう!一緒につきあって」に変わったんだな。

 

…一緒に見てくれてありがとう…


ロープウエイでの
先にすすむ息子の背中を見ながら、私は心の中でつぶやきました。

 

あとで車に乗った時、大人になった息子に改めて謝りました。すると

「へ!?そんなこと、あったっけ?」

と笑われました。

 

子どもはいつのまにか成長していきます。
親が思うほど、本人は気にしてなかったのかもしれません。

安土城にて、人生50年とまっている息子です。

安土城にて、人生50年とまっている息子です。

この時思いました。

仕事と子育てに悩むママへ。子どもはきっとわかってくれています。

 

親子の愛情は、量(時間)も大事ですが、質も大事だと思っています。思いをもって接していれば、きっと伝わっているものだと。

 

この事を、いまパンパンにがんばっている子育て進行中のママ達に伝えたいです。

 

そのままで大丈夫。
わかってくれる人が、ちゃんとそばにいます。

 

私は感謝しています。

7本の槍で有名な、琵琶湖の賎ケ岳ロープウエイに乗れてよかった、と。

15年の時を経て、私は息子の言葉から学び、今につながりました。

 

みなさま、本年も、このコラムにお付き合いくださり本当にありがとうございます。読んだよ・・の方、♡ ばポチッといただけるとうれしいです。

【火曜サスペンスMIKI劇場は、毎週火曜日午後10時更新です】

※情報は2015.1.20時点のものです

なまはげみき 太刀山美樹

福岡県筑後市出身。23歳で結婚出産。地域のママサークルが口コミで広がり、その後「きみ、おもろいね」とNHK福岡や、学校講師に、街角でスカウトされ経験を積む。2006年MIKIファニットを起業。

「どうせ無理と諦めてる子いねえ~が!」

と喝をいれる<幼児教育界のなまはげ>としても活動中。

好きな言葉「来た球は打つ」

MIKIファニット  http://www.mikifunnit.com

太刀山さんインタビュー⇒https://fanfunfukuoka.com/people/18030/

 

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