「夫婦2人が元気なら」博多の街に残る「ブドウ畑」

ビルが立ち並ぶ福岡の中心部、博多に現役のブドウ農家があると聞けば、その意外さにたいていの人が驚くでしょう。福岡空港の東側にあたる福岡市博多区立花寺。ブドウ農家の渋田静江さん(66)は夫婦で、先祖伝来のブドウ畑を守っています。

町内ではかつて、数軒の農家がブドウを栽培していました。しかし都市化や高齢化でブドウ農家は1軒のみとなり、ブドウ畑はマンションや道路に姿を変えました。それでも渋田さんは「ブドウが生きがい」と話し、夫婦で新しい品種の栽培に取り組むなど、挑戦を続けています。

 

福岡空港東側、築100年の母屋と赤レンガの蔵

渋田さんち周辺の景色

大型旅客機がひっきりなしに発着する九州の空の玄関口福岡空港。都心に近い空港として知られ、一帯には地下鉄や都市高速道路が延び、企業や工場、マンションなどが集まっています。そんな中、福岡市博多区と志免町が接する空港東側には緑豊かな丘陵地帯が残っていて、渋田さんの畑はその一角の静かな集落にあります。築100年近い母屋とそれ以前から建っているという赤レンガの蔵、そしてブドウ畑。夫の両親や祖父母から継いだものを「細くても長く守っていきたい」と渋田さんは話します。

 

進む都市化、変わる風景。変わらない夫婦の農作業

とはいえ、近年加速した都市化の波は周囲の景色を変えました。自宅の裏には、志免町方面につながる6車線の幹線道路が走っています。かつては道路の向こうにも畑を所有していましたが、道路拡張で横断できなくなり、手放しました。近所の同業者は高齢化でブドウ栽培をやめ、跡地は市民農園として貸し出されています。更地も増え、大通り沿いにはマンションが立ち並びました。

渋田さんのブドウ畑も、最盛期の約20ヘクタールから4分の1ほどに縮小しました。小さくなったとはいえ、夫婦2人での農作業は大忙し。古くからのファンの「今年も待っているよ」という声に支えられ、今も変わらず、夫婦で畑に出ます。

 

出荷最盛期は毎朝5時から朝摘み。「全然苦にならない」

ブドウの成長を確かめる渋田さん

ブドウの成長を確かめる渋田さん

渋田さんの畑では、路地栽培とビニールハウスで主力のブドウ2品種と新たに植えた1品種を育てています。シーズンが本格的に始まるのは2月。ビニールハウスに暖房を入れて樹の目覚めを促します。3月には露地栽培の樹の全面に雨と虫を防ぐ大きなビニールをかぶせます。芽が出たら間引き、花が咲くころに房の形を整え、6月の結実に備えます。この間の雨量がブドウの出来に直結するといい、祈る気持ちで過ごすのだとか。実を結んだら、ほっとする間もなく重労働の袋掛けです。

8、9月が出荷最盛期。渋田さんは毎朝5時から朝摘みの作業に取り掛かります。夫が摘んだブドウをパックに詰め、値札を貼って、9時には出荷先の産直市場へ向けて出発します。
そんなフル回転の日々でも「もうけはないよ」と笑う渋田さん。夫婦2人で畑に出ることが、私たちには自然なこと。ブドウが元気に育っているか見守ることが2人の生きがいになっているから」と話します。手塩にかけたブドウが市場で売れていくのを見ると疲れも飛び、来年も頑張ろうという気持ちがわくのだそうです。

 

次世代へ、農家の食文化をつなげたい

渋田さんには今、ブドウ栽培以外でも力を入れていることがあります。小学校での食育指導です。JAの女性グループで近隣の小学校を回り、味噌汁の作り方を味噌作りから指導しています。子どもたちはビニール袋に入れた大豆を踏んで味噌を作り、少量ずつ自宅に持ち帰ります。活動を通して気付いたのは「自宅でみそ汁を食べる子どもが少なくなっている」ということ。「インスタントの料理では味わえない農作物本来のおいしさや日本食の文化を伝えていきたい」と思いを強くしているそうです。

ブドウの出荷がない時期は得意のウメ干しや漬物を作り、産直市場に出荷するのが元気の源になると話す渋田さん。甘いブドウと農家のおふくろの味で人々のお腹と心をじわりと満たしています。

※情報は2017.12.21時点のものです

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