「夫と競争」農家に嫁いだ女性が伝える「農業を楽しむ暮らし方」

「おはよう。しっかり実を付けてね」。午前7時半、真子慶子さん(68歳)の農作業はビニールハウスで育てる作物に声をかけることから始まります。冬の時期は、ホウレン草や小松菜が生産の主力。「手をかければかけるだけ、おいしくなる気がするんです」と1株ずつ状態を確認しながら水やりをし、福岡市南区の農産物直売所「ぶどう畑」への週3回の出荷に備えます。

50歳を過ぎて、コメから野菜へ新たな挑戦

黄金に輝く稲、毎年たわわに実ります

黄金に輝く稲、毎年たわわに実ります

真子さん方は、福岡県と佐賀県の県境に近い福岡市早良区脇山で代々続くコメ農家です。福岡市中心部から車で約50分。福岡市営地下鉄七隈線や都市高速道路、福岡外環状道路など交通インフラが整い、宅地開発や大型チェーン店の進出で急速に発展した早良区南部をさらに南下すると、緑豊かな田園風景が広がります。

真子さんの自宅と農地がある脇山地区周辺は、背後の背振山地から湧き出す良質な水に恵まれた米どころとして知られる市内有数の農業地帯。かつて昭和天皇の即位の礼では、大嘗祭(だいじょうさい)の献上米に脇山地区の米が選ばれたこともあります。「『真子さんちのお米』はたい肥とレンゲで作った土で栽培したもの、みなさんに安心してお米を食べてほしいから」とこだわりを話す真子さん。早朝の牛乳配達をしながら家業の稲作を支えてきましたが、50歳を過ぎて、野菜のハウス栽培へと進出する転機が訪れます。

 

「プライドをかけておいしい野菜を届ける」

有機栽培で育てた野菜を収穫する真子さん

有機栽培で育てた野菜を収穫する真子さん

発端は、周辺農家の高齢化と作業の機械化でした。約20年前、高齢化と後継者不足で手入れできなくなった田んぼの管理を引き受ける受託組織を有志6名で創設。周辺農家のニーズは高く、受託規模はどんどん拡大していきました。それに伴って、高性能な大型農業機械を導入、少人数での農作業が可能となり、女性の手が必要なくなったのです。

 そこで新たな挑戦として選んだのが、旧知の新開玉子さんが福岡市南区で運営する直売所での野菜販売でした。お客さんの反応が届きやすい直売所での販売は、真子さんのやる気を刺激。「プライドをかけておいしくて安全な野菜を出そう」と、有機栽培にこだわって生産を続けています。

 

10メートルずつ 反省と改良繰り返し

現在ハウスは4棟。夏場はスイートコーンやアスパラガス、秋には他の農家と出荷時期をずらしてズッキーニも栽培しています。例えば冬場のホウレン草は畝を約10メートルに区切り、1週間おきに種をまきます。見事に芽吹き、葉を茂らす畝もあれば、天候などが影響して緑がまばらな畝になることも。一喜一憂、反省と改良を繰り返しながら、シーズンが終わる春まで、収穫期をずらしながら出荷を続けます。良質の土中に住むミミズを目当てに集まるモグラとの闘いは日常茶飯事。「トウガラシを穴に詰めてみたりしているんだけど、モグラもなかなか頭がよくて」と、研究を重ねています。

 

後継の娘に伝える「勉強と体験」の大切さ

真子さんは野菜、夫はコメと、新たな二人三脚を始めたことで夫婦に切磋琢磨や相互協力の意識も生まれたといい、今ではどちらがまいた種がよく育つか競い合い、学び合う日々なのだといいます。

そんな両親の姿を見て育った長女美江さん(43歳)は今、ビニールハウスでホウレン草の出荷準備をする真子さんと椅子を並べています。結婚を機に、農家の後継者の道を選びました。「自宅にお客さんから、お米がおいしかったとか、来年も楽しみにしているとか、そういう電話がかかってくることがあって。うれしいな、私の代で絶やせないなって」と、覚悟を決めたといいます。

農業の世界に飛び込んだ娘に真子さんが伝えていることは、「勉強と体験」の大切さ。真子さん自身、夫の勧めもあって若いころから農業の研修会などに足繁く出かけていたといい、そこで培った人脈が現在の野菜生産につながりました。農閑期には「女子会」を開くなど、公私ともに大きな支えになっているのだといいます。

「農業が好きで始める人もいれば、私たち親子のように、家の都合で農業に就く人もいる。せっかく農業に就いたのならば、そこを土台に人生を豊かにしていきたいと思っています」と、生き生きと語ってくれました。

※情報は2017.12.28時点のものです

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