台湾ダフ~ル♪(Taiwandeful)4都物語~高雄編~

日本旅行業協会が昨年2017年7月に発表した「夏休み海外旅行ランキング」で2位に選ばれたのは、台湾。(ちなみに1位は不動のハワイ)

食も観光スポットも街の雰囲気も人も、何もかも私たちを満足させてくれる魅惑の場所です。
そして今流行りのフォトジェニックな★インスタ映え★を追求する場所としても完璧!
今回の台湾ダフ~ルシリーズでは一般的に行きやすい台湾4都市の魅力をお届けします。
まずは今回は高雄から。

その前に簡単に台湾の歴史を少し。
※台北市にある交通部観光局のHPに掲載ものや伊藤潔氏の著書「台湾―四百年の歴史と展望」などを参考。
文章の一部を引用しています。
台湾の歴史には詳しくないため、不適切な点があればお許しください。


台湾の歴史は約7000年前から約400年前まで、南島(オーストロネシア)語族の原住民の祖先が、次々と台湾に上陸、先住民となったといわれている。
多部族に分かれていたため、豊臣秀吉が台湾に使者を送って入貢を促した際も、誰に書簡を渡したらよいか分からなかったような状況だったとか。

16世紀半ばにポルトガル人によって発見され、西洋人が植民地化を進める。
17世紀前期には、オランダ人が安平(今の台南)を支配。
オランダの支配に台湾人の不満は募る。
しかし、鄭成功によりオランダは撤退。ちなみに鄭成功の母は平戸出身の日本人。
平戸には鄭成功記念館がある。

※こちらを参照

鄭成功は台湾が解放された後、39歳で死亡。
その後は一族が継ぐが、3代22年続いた鄭政権は内紛で弱体化、更に住民の反発も加わり、明であった鄭政権は清によって滅ぼされた

1895年、日清戦争後の下関条約で台湾の領有権は日本へ。
この時、日本軍は侵略のため台湾住民を約1万4千人殺している。
しかし日本統治時代によって台湾の教育水準は飛躍的に上がった。
更に後藤新平が上下水道を完成させ、八田與一が烏山頭ダムと用水路を建設。
この八田の功績に対して、烏山頭ダムの湖畔には地元住民によって建設された八田の銅像があり、現在でも八田の命日には毎年地元住民による感謝と慰霊が行われている。

1945年、日本が第二次世界大戦で敗北すると、中国で共産党との内戦に敗れた蒋介石率いる国民党が台湾に上陸開始。
多くの政治家、官僚、そして軍隊により中華民国の政権を形成したが、その腐敗ぶりはすさまじく「犬(日本)が去って、豚が来た」と揶揄された。

1947年「二・二八事件」これは、政府の役人による台湾人娼婦の密輸タバコの取り締まりが発端だ。タバコの没収だけでなく、所持金まで没収。「返して欲しい」と言う娼婦を銃で殴った。市民の怒りは全土に広がった。
政府は本土から派遣された援軍と横暴極まりないやり方で一ヶ月の間に民衆約2万8千人を虐殺した。

その後も蒋介石は徹底した弾圧を推し進めながら、産業は発展。
1975年、蒋介石死去。
1979年12月、高雄で雑誌「美麗島」が世界人権デーを機に民主化を求める集会を企画。阻止しようとする警察と市民が衝突し多くの負傷者が出た。
民主化の兆しが高まると80年代には民進党が結成され、87年に38年間も続いた戒厳令がやっと解除。

その後、88年には台湾史上初めて台湾人が国家元首の地位に就く。
92年に台湾史上初めての総選挙が実施された。


台湾の歴史はこのくらいにして・・・

まずは台湾南部の高雄からご紹介。

高雄は台湾の南部に位置する港湾都市。
福岡、東京、大阪など各都市からも直行便があるので、便利!

高雄は台湾の南部に位置する港湾都市。
福岡、東京、大阪など各都市からも直行便があるので、便利!

台北の桃園空港へ到着。そして桃園駅へ移動。
高雄までは台湾高鐵の新幹線で約1時間40分の旅。
セブンイレブンで台湾式お弁当とビールを購入。
おつまみで買ったジャーキーがとっても美味しかったです。

桃園駅にある回転すし屋さんは「九州のネタ祭り」開催中で何だか妙な親近感。

桃園駅にある回転すし屋さんは「九州のネタ祭り」開催中で何だか妙な親近感。

高雄到着してまず立ち寄ったところは壽山。標高340メートル。
高雄で一番高い場所で忠烈祠もあり、昔の兵士を祀っています。
ここは余り日本人が来ない場所かもしれません。

静かでとても良い雰囲気

静かでとても良い雰囲気

右側に高雄のシンボルマーク「高」という漢字をイメージして建てられた高層ビルが見えます。

右側に高雄のシンボルマーク「高」という漢字をイメージして建てられた高層ビルが見えます。

展望台にはこんなロマンティックなものが。
高雄に流れる「愛河」にちなんで作られたもの。

左右のスピーカーで愛をささやき合うのだとか

左右のスピーカーで愛をささやき合うのだとか

高雄に来たら誰しも必ず訪れる「旧英国領事館」
1858年に中英仏による天津条約が結ばれ、台南や淡水など次々と開港。
1864年に高雄(昔のタカオの漢字は打狗)に税関が設立されると英国が副領事館をここに移しました。高雄に移転後、正式に領事館としてオープン。
台湾で1番最初の英国領事館となりました。

英国式ポストも当時の姿。

英国式ポストも当時の姿。

内部も含めほとんどが修復されていますが、台湾で唯一完全な形で残っている領事官邸であるため、台湾の重要古跡となっています。

当時の様子を表す人形たちはリアルでちょっと不気味。夜は動くそうです。

当時の様子を表す人形たちはリアルでちょっと不気味。夜は動くそうです。

館内を歩いていると自然にお土産屋さんに誘われます。
試飲にはとても弱い。

お洒落で美味しいフレバーティー。買ってしまいました。

お洒落で美味しいフレバーティー。買ってしまいました。

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