佐賀藩のお姫様に会いに行こう3「夫婦で仮装舞踏会」

前記事で、「鹿鳴館の華」とうたわれた鍋島家のお嫁様・栄子(ながこ)夫人のみごとなドレスを紹介しました。ことし佐賀県では明治維新150周年を記念して、通年、「維新博」が佐賀市を中心に県内全域で行なわれます。150年前に着用されたドレスが、いい保存状態で残っていることはまれですが、栄子様の夫君の11代鍋島直大(なおひろ)公(元在イタリア日本大使)が舞踏会で身につけたお衣装も残っているのです。

栄子夫人が実際に鹿鳴館で着用したドレス。「フランスの昔の衣装」がテーマの一着。
公益財団法人鍋島報效会所蔵

栄子夫人が実際に鹿鳴館で着用したドレス。「フランスの昔の衣装」がテーマの一着。
公益財団法人鍋島報效会所蔵

佐賀藩の当主だった鍋島家は、明治になってからは東京に移り、〝侯爵〟の爵位を与えられました。それが直大公でした。青年時代はアメリカに留学し、イギリスに8年間、駐在され、栄子夫人と結婚された1880(明治13)年には、全権公使(いまの大使)として、イタリアにおられた明治日本の「国際派」です。

その知見をいかして、明治15(1882)年に日本に帰国してからは、西洋スタイルの公的な社交場である鹿鳴館や上野競馬場の設立に力を発揮されました。

直大公が着た仮装舞踏会の衣装とかつら。
公益財団法人鍋島報效会所蔵

直大公が着た仮装舞踏会の衣装とかつら。
公益財団法人鍋島報效会所蔵

鹿鳴館が明治16年に開場されると、ヨーロッパ帰りの直大公は鹿鳴館の〝大幹事長〟として、ダンス(当時は〝踏舞〟といったようですが)を担当され、毎週日曜日に鹿鳴館で華族や関係者の皆さんを集めて、ダンスのお稽古をしたのだとか。

当時の首相の伊藤博文・梅子夫人が1887(明治20)年4月20日に首相官邸で仮装大舞踏会(ファンシー・ボール)を開催した際、出席された直大・栄子ご夫妻が身につけた衣装が上の写真、このときのお二人の姿を描いた手彩色写真が下の写真です。

公益財団法人鍋島報效会所蔵

公益財団法人鍋島報效会所蔵

公益財団法人鍋島報效会所蔵

公益財団法人鍋島報效会所蔵

お二人のポートレイト写真を作成した東京・京橋区三十間掘にあった小豆澤写真館のラベルも残っています。カラー写真のなかった時代には、モノクロ写真の上に専門家の手で彩色を施して、色を表現しました。

この仮装舞踏会の衣裳は、「フランスの昔の衣服」がテーマだったようで、それに合わせて作られたものと思われます。たしかにご夫妻のヘアスタイルも、18世紀のマリーアントワネットの頃みたいですね。

写真を作成した東京の小豆澤写真館のラベル。
公益財団法人鍋島報效会所蔵

写真を作成した東京の小豆澤写真館のラベル。
公益財団法人鍋島報效会所蔵

鍋島家というと、武士道精神をあらわす『葉隠(はがくれ)』や、幕末から維新にかけて果たした役割、進んだ技術などが有名ですが、明治という新しい日本の夜明けを文化面でもリードしていました。

2月11日から始まる「佐賀城下ひなまつり」では、栄子様がお輿入れのときにお持ちになった大ひな段飾りの豪華なおひなさまが見られます。春の一日、ぜひお出かけくださいませ。

 (佐賀市シティプロモーション室・樋渡優子)

佐賀城下ひなまつりHPはこちら

栄子・直大ご夫妻やドレスについてはこちら→徴古館「図録のご案内」

※情報は2018.2.2時点のものです

この記事もおすすめ