福岡グルメ小説“N氏の晩餐”/ JR博多シティ・くうてん「銀座 天一」

取引先との打ち合わせを終え、会社へ戻る道すがら。横断歩道で信号待ち。
ふと白いものが視界に入ったので、見上げてみると木蓮の花が。
年度末の慌ただしさにかまけて季節の移ろいも気づかずに過ごしていた自分にはっとする。
青になった信号を一本やり過ごし、その場で大きく深呼吸をしたそのとき、バッグの中のスマホが小気味よい音を立てて揺れた。

久々に訪れた博多駅ビル、JR博多シティの上階にあるダイニングフロア「くうてん」。

東京・銀座に本店を構える老舗天ぷら専門店の暖簾をくぐると、和服姿の仲居さんがカウンター席へと案内してくれる。
その一番奥の席に板前さんと静かにに会話を交わす、月に一度の美食の友 “N氏” の姿があった。

席に着くと、間もなくお膳、お造り、そしてよく冷えた生ビールが目の前に並ぶ。
まずはビールで乾杯。
お造りは鯛の昆布締め。モッチリした食感に白身ならではの旨味、添えられた桜の葉の風味が一体となって、まさに春めいた一品。心躍り、ビールが進む。

天ぷらコースの最初に登場したのは海老の脚。
――これは「熊手」とも呼ばれ、この店では活きた海老を揚げていますよ、というサイン・・・
N氏の解説に頷きながら、その一つを口に運ぶとサクサクサクと軽やかな音を立てて崩れ、香ばしい香りが口の中いっぱいに広がる。あっという間にグラスが空になり、お代わりをいただく。

続いて海老が登場。
――これは小ぶりの車海老で、名前は才巻(さいまき)海老。刀の鞘(さや)を紐で巻いたような模様から鞘巻(さやまき)と呼ばれていたのが転じて才巻になったそう・・・
薄い衣のサクッとした歯ざわりのあとに、ミディアムレアの食感、そして海老の身の甘みと香りが一気に口の中に押し寄せてくる。まさにこの一口に、海老の醍醐味が凝縮されている。

椎茸の海老詰め、キス、白魚(しらうお)に続いて、アスパラ、フキノトウ、そら豆といった春の野菜が登場。
アスパラのジューシーさ、フキノトウのほろ苦さ、そら豆のホクホク感。まさに “春の息吹を食べている” 感じに思わず頬が緩む。

そして、江戸前天ぷらと言えば忘れてはならない、真打ち、穴子が丸ごと一本登場。
N氏にならって、まずは尻尾の方を塩でいただく。
サクサクとした食感と胡麻油の香ばしい風味がたまらない。
続いて、おなかの方は天つゆで。
大根おろしをたっぷりと入れた天つゆに浸した穴子は口の中でホロホロととろけて、舌に残った甘く濃厚な余韻にしばし酔いしれる。

天ぷらの最後は小海老のかき揚げが、食事と一緒に供される。
[1]そのまま [2]天丼 [3]天茶
という究極の三択が板前さんから提示されるも、N氏は即答で「天丼」。
その勢いに押されるように、口をついて出たのは「私も同じものを」という言葉。
とはいえ、かなりおなかは満たされているし、これから天丼が入るだろうかと、恐る恐る茶碗の蓋を取り上げる。

上品な盛り付けにまず感動。そして驚いたのがその味わい。甘ったるさは全くなく、上品でキリリと引き締まった味わい。これが江戸前なんだな・・・と深く納得しつつ、あっという間に完食。

柚子のシャーベットで豪華な春のフルコースは幕を閉じた。
明日からまた頑張れるかも・・・
そうつぶやいた私の隣に、静かに微笑むあの人の顔があった。

Produced by 福博ツナグ文藝社

※情報は2018.3.26時点のものです

JR博多シティ

住所福岡市博多区博多駅中央街1-1
URLhttps://www.jrhakatacity.com/

福博ツナグ文藝社

福岡の飲食文化・芸術文化に関する情報発信を行う非営利団体。樋口一幸氏(Bar Higuchiオーナーバーテンダー)が代表を務め、毎年6月に開催される九州最大のウイスキーの祭典「ウイスキートーク福岡」の企画運営のほか、2017年には福岡市博物館にて期間限定イベント「黄金のミュージアムバー」、福岡市総合図書館映像ホール・シネラにて特別上映会「映画監督 中島良の世界」などをプロデュース。「ART FAIR ASIA FUKUOKA」や「ギャラリー梯子酒」などアートイベントの広報も手がけている。

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