福岡グルメ小説“N氏の晩餐”/ヒルトン福岡シーホーク「バー・クラウズ」

春は異動の季節。
年度が改まって最初の週末、東京の本社から新しく赴任してきた支社長の歓迎会が、博多湾に面した市内屈指のホテルの日本料理店で催された。
役員や部長以上の役職者が居並ぶなか、部署柄、役員と行動を共にすることが多いという理由で、役職も実力もない私も参加者の一人として抜擢される栄誉に浴し、豪華会席料理をしっかりと堪能。

二次会へ向かうべく、勇んでタクシーへ乗り込んだ新支社長はじめとする皆様方を見送り、バス停のある1階に下りようと踵を返す。とそのとき、奥のラウンジの方から見覚えのある人影がこちらに近づいてくるのに気づき、お互いに目が合う。これは偶然なのか必然なのか、月に一度の美食の友 “N氏” との邂逅と相成ったのだった。

それから5分後。私たちは眼下に福岡の夜景が広がるバーラウンジのカウンターに肩を並べて座っていた。
「もしよかったら、季節のカクテルを試してみては?」
私がメニューを手にしてオーダーに迷っていると、さっそくN氏が助け船。もちろん従うことにする。

バーテンダーさんの美しい所作に見とれているうちに、華やかなカクテルが完成し、コースターに静かに置かれた。

ラムベースのスタンダードカクテル「モヒート」に桜のフレーバーを加えた、4月限定のカクテル。その名も『モヒート・ザクラ』。
さっそくN氏とグラスを合わせ、その桜色の液体をストローで喉の奥へと流し込む。
クラッシュアイスの冷涼感、清々しいミントの香り、そのあとから桜の風味が優雅に漂い、洋のテイストから和のテイストへの変化がとても面白い。

3種類のおつまみがカウンターに並べられる。
レンコンチップ、シュガーローストナッツと一緒に出された、パリッと揚がったスナックを指でつまんで首を傾げていると、すかさずN氏の解説が入る。
これは、チチャロンという豚皮のフライドチップ。日本での知名度は低いものの、世界各国で親しまれているスナックで、英語圏ではポーク・スクラッチング、ポーク・ラインズとも呼ばれる――
独特な風味と香ばしさがあり、ビールに合いそう。でも今夜はお腹いっぱいでビールは入りそうにないな・・・
そうつぶやいた私の言葉を聞きつけたN氏は、すかさずバーテンダーさんにアイコンタクト。そして「例のカルヴァドスをソーダ割に」と一言。それを聞いたバーテンダーさんの目がキラリと光る。

出されたソーダ割を口に運ぶと、華やかな香りとほんのりした甘さ、そして微かなほろ苦さが広がる。
リンゴの蒸留酒、カルヴァドス。いわばリンゴのブランデー。甘めの食後酒だけど、この一本はハーブの一種、カモミールを漬け込んで風味づけをした、このバー特製のカルヴァドス――
なるほどそうなのかとN氏の解説に頷きながら、自分の洋酒の知識が一つずつ増えていく喜びに満たされる。

サービスで出していただいたリンゴのチップをつまみながら、〆の一杯を思案。
N氏はというと、ウイスキーのストレートを2種類、目の前に並べて飲み比べを愉しんでいる。
「どうせ2杯頼むなら、同時に2杯」がN氏の流儀らしい。
ふと、最近読んだ雑誌で、私の好きな俳優が “スコッチのシングルモルトにハマっている” と語っていたのを思い出す。そして臆面もなく、それを口に出してみる。

それなら、とN氏が選んでくれた一杯がロックで登場。すかさず解説が入る。
イギリス本島の北西に浮かぶインナー・ヘブリディーズ諸島の一つ、スカイ島で生産されるシングルモルトウイスキー「タリスカー」。シングルモルトウイスキーの “シングル” とは “一つの蒸留所” という意味で、音楽で例えると “ソロ” の調べ。“複数の蒸留所” のウイスキーを混ぜ合わせたブレンデッドウイスキーが “オーケストラ” に例えられるのとは対照的で、その独特な個性が特徴。いまやウイスキーファンの多くがシングルモルトの魅力に引き込まれている。そしてその中でも、絶えず海からの潮風に吹かれ続ける厳しい環境で育まれた「タリスカー」は、スモーキーでスパイシーな風味とすっきりとした後味とのバランスが秀逸――
もしかしたら、あの俳優も、今頃この一杯を味わっているかも・・・
グラスを傾けながらそんな妄想にふけっていると、横から手が伸びてきて、グラスの中に何かが振りかけられる。

よく見ると、黒い粒が・・・

スパイシーな「タリスカー」には、スパイシーなブラックペッパーを。これが最近の流行り――
そう言って、笑みをこぼしたN氏に、今夜なぜこのホテルにいたのか訊いてみると、「4階のチャペルで今月から始まったクラフトビールフェアをのぞきに」という答えが返ってきた。
飲食文化の最先端を追い続ける探求心と深遠な好奇心に敬服しつつ、しっかりと次回フェアへの同行を約束。こうして、夢のような春の一夜が静かに更けていったのだった。

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※情報は2018.4.17時点のものです

ヒルトン福岡シーホーク

住所福岡市中央区地行浜2-2-3
TEL092-844-8111
FAX092-844-7887
URLhttp://www.hiltonfukuokaseahawk.jp/

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福博ツナグ文藝社

福岡の飲食文化・芸術文化に関する情報発信を行う非営利団体。樋口一幸氏(Bar Higuchiオーナーバーテンダー)が代表を務め、毎年6月に開催される九州最大のウイスキーの祭典「ウイスキートーク福岡」の企画運営のほか、2017年には福岡市博物館にて期間限定イベント「黄金のミュージアムバー」、福岡市総合図書館映像ホール・シネラにて特別上映会「映画監督 中島良の世界」などをプロデュース。「ART FAIR ASIA FUKUOKA」や「ギャラリー梯子酒」などアートイベントの広報も手がけている。

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