とんこつの里に帰って来た! コッテリ学ぶ博多ラーメン再入門☆『元祖長浜屋』の巻

2012年8月に東京から福岡に帰ってきて一番驚いたことのひとつは、長浜ラーメン元祖長浜屋の分裂~御家騒動(!?)だった。

 

話は1970年代、ぼくが高校生の頃にさかのぼる。

それまで当たり前に周りにあったとんこつラーメンが実は全国的には相当に変わった形態のものだ、ということがわかってきたのが高校時代の後半ぐらいだったように思う。今から考えると、随分と無知だったような気もするが、同じ福岡でも市内ではなく郡部の方に住んでいたぼくの当時のラーメン知識はそんなものだった。何せインターネットも、今のようにグルメ情報誌の乱立なんてものもない時代の話である。

 

その頃ぼくの耳に届いたのが、そうしたとんこつラーメンの「元祖」と言えるような店があり、そこのラーメンを食べたことがないラーメン好きはもぐりである、というような情報だった。

 

その頃、今は親富孝通りという名称に変わった親不孝通りの先に水城学園という大きな予備校があり、同級生の中にも大学入試に備えて、そこに模擬試験を受けに行ったり、講習を受けに行ったりしてる連中が結構いた。元祖長浜屋に関する情報は、そうした連中からもたらされたものだったのではないかと記憶する。

 

「店に入っただけで、何も注文せんでもラーメンの出てくるとじぇ。麺のカタさだけ聞かれるけん」

 

そんな情報を頼りに、元祖長浜屋まで足を伸ばしてみたのは、確か高校3年になってからだったと思う。支店と本店があってどっちの方がおいしいとか、数年前に比べて味が落ちたとか、そういう細かい噂もいろいろ聴いた後だったが、「本物」を食べてるという安心感があった。そして、その安心感を得るために、東京の大学に入学後も、最初の頃は帰省するたびに足を運んだものだった。正直言うと、天神から長浜屋まで歩いていくと結構距離があるため、途中にある一心亭で「妥協」してしまったことも何度かあるけれど…。

ところが、福岡に戻って来て久しぶりに「本物」を食べに行こうと思い立ち、念のために場所を再確認しようとインターネットを覗いてみたら、もう大変なことになっててビックリ!

 

元祖長浜屋は一店舗だけになって場所も移転してるわ、「屋」ではない元祖ラーメン長浜家が2店も出来てるわ、その他にも元祖博多長浜長浜将軍とか、元祖長浜屋台とか長浜ナンバーワンとか、長浜ラーメンの「元祖」を主張してそうな雰囲気の名称の店が、長浜のあの地帯に乱立してるではないか! しかも「元祖長浜屋」は立ち退きのために閉店してた時期まであったのだという。

 

2007年~2010年頃の元祖長浜屋の一時閉店と、一部法廷闘争にまで進んだ元従業員らによる類似店乱立と本家争いは、当時様々な形でニュースになったようなので、このブログを読んで下さる皆さんの方が、ぼくよりも詳しい情報をお持ちなのではないかと思う。しかし、はっきりしているのは、ぼくが高校生時代に食べに行ったお店はやはり今も元祖長浜屋で、場所は少し移動したが、いまも長浜の地にあるということだ。このことだけハッキリわかれば、あとは、久しぶりに訪ねてみるしかなかろう、ということで十数年ぶりに訪ねたのが2年ほど前。それ以来、数カ月に一度のペースで通っているが、店は新しくなっても雰囲気はあの頃と大して変わっておらず、懐かしい気分も味わえる。

 

外に食券の販売機こそ置いてあるが、扉を開けて店内に入った途端、麺の硬さだけを尋ねられるという流れもそのまんま(チャレンジしてみたことはないが、油の量も「べた」「ふつう」「なし」で指定できるらしい)。

相変わらずメニューはラーメンのみ。この店が始めたといわれる麺の替え玉に加えて、替え肉も’70年代当時からありましたね。

ラーメンの味の方は、その後いろいろ濃いとんこつスープをさんざん飲んできた身にとっては随分あっさりとしていて、こんな感じだったっけ?という妙な新鮮味すらあったりする。基本は塩味で、これは例としてあまりに適切ではなさそうだけど、濃さの点でポタージュ・スープ的なものが多い中、ここのスープはコンソメ・スープ的な爽やかさがあるというか…。でも決して味が薄いというものではないので誤解なきよう。ただし、麺は最近の他店のものより幾分太くプリプリしていて、そして量も若干多く感じられたりする。しかしこれが「元祖」の味。原点を忘れないためにも、通い続けなければなるまい。

元祖長浜屋のラーメン

元祖長浜屋のラーメン

ひとつ大事なことを書き忘れていた。入店時すぐに訪ねられる麺の硬さについて。昔は「やわ」と「かた」の2種類(何も言わないでも出てくる「普通」を入れると3種類?)しかなかったような記憶があるのだが、現在は「かた」の上の最上ランクとして「なま」というのがある模様。この硬さの表現問題に関しては、東京での博多/長浜ラーメンの流行時に生まれた言い方が福岡に逆輸入された形跡もあり、こだわってみたいと思っているのだが、「なま」に関しては、どうもこの元祖長浜屋を中心に長浜系の店で主に使われているようだ。ひょっとしてこれは東京発祥と思われる「はりがね」「粉落とし」へのアンチ・テーゼなのかもしれないと思ったりもしているが、今のところ確証はない。

 

※情報は2014.8.19時点のものです

寺田 正典

1962年、長崎生まれ、福岡育ち。 1981年に大学進学のため上京するが、そこから福岡時代には当たり前に食べられていた 懐かしい味を求め、東京で「食べられる!」とんこつラーメン探しの日々を送る。 2012年に地元に戻って来てからは、今度は逆に大きく状況が変わってしまったことに戸惑いながらも理想のとんこつラーメンを求めて、なお徘徊中。 1997年~2012年8月まで音楽専門の月刊誌『レコード・コレクターズ』編集長。

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