奇跡など ないというのは 半分真実

ふたりが出会えたのは奇跡だわ!
そんな思いに駆られたことはありますか?
どこから始まったのか?いつの出会いがきっかけだったのか?
偶然が重なりあい思いがけないことが起こり
気が付けばいつの間にかこんなに親しくなっているというのに
すこし前の自分にはどうしても想像できないような展開があったこと。
はたまた
ずっと近くにいたことはいたけれど
そのさりげない存在がどうしてこんなに特別なものになったことやら。
それならほかのだれかでもその可能性はあったのかもしれないけれど
ここまでの道筋のいくつかの曲がり角でそのときなりの選択をしていたら
いつのまにかすこしずつ近づいていつからか同じ方向を向いて
となりを歩いていることに気付いてそして寄り添うことになって・・。

すこし前(いや、ひと昔にもなるだろうか)
奇跡とも呼べる凄い試合を観る機会に恵まれた。
舞台は中学生のラグビーの試合
後半も半ばを過ぎ、残された時間はもう 10 分もなく、時は刻一刻と過ぎていく。
ふたチームの得点の差は 3 トライとあと少しを必要とするほどの大きなもの。
この試合に勝てば上の大会への切符を手にし、
負ければ中学生としてのラグビーは幕を閉じるという一戦。
リードしたチームの父兄には余裕の色が漂い、気の早い人は次の大会の話題などを口にしている。
かたやもうひとつの観客席には必死の応援と、言えない思いで緊張感が漂う。
ただ応援の声を挙げながら、父兄同士では言葉も目線も交わせず
お互いに思っていることを察しながら、それでも試合を見守るしかない。
そんな中、リードされている方のチームがワントライを決めた。
得点は入るものの残りはもう 5 分程度か?
試合を見守るものとしては嬉しさよりも切なさが募るほどの時間。
しかしながらその数分後にもうワントライが決まる。

残り時間はあるのだろうか?
もしかすると、このトライのキックを蹴れば試合終了の笛が鳴るかもしれないという時間。
点差はこのゴールキックを決めてさらにもうワントライをとれば・・というところまで迫っている。
すこしでも時間を縮めようと、トライした選手が自らそのボールを拾い上げキックをする子のところまで運ぶ。そしてゴール成功!
子どもたちは何をすべきかわかっている。
そしてまだなにひとつあきらめてなどいない。
いまこのときを生き、今できることを全力でやりつくしている。
観客席にいるものにできることもただ一つだけ・・。もうワンプレイだけ彼らに与えてくださいと、そのことだけ祈った。
そしてそのラストチャンスは残された。
相手チームのキックが自陣奥深くへと蹴りこまれ、彼らは懸命にそれを追った。
追いついた。
もう、一度手放してしまえば二度と自分たちのものにはならないと分かっている。
仲間へと駆け寄り、なによりも大切なものとしてボールをつなぎ運ぶ。
パスがひとつ、ふたつ・・。それは敵陣へと見事に運び込まれ、大切にグランディングされた。
はたして・・ゲームはひっくり返され奇跡とも呼べる結果を迎えることになった。
彼らにとって、忘れられない夏。
私にとっても今まで観たラグビーの試合の中で決して忘れられない試合。
そしてラグビーという枠に留まらない、大切な宝物だ。

時を経て・・
この試合のビデオを、集まったみんなで観てから観戦を始めた2015 年のラグビーワールドカップ、ジャパンの南アフリカとの試合。
これまた奇跡とも呼べる嬉しい驚きに満ちた試合になった。
世界のトップクラスの実力で何回も優勝している南アフリカに、善戦するだけでも素晴らしいことなのに同点にとどまらずに勝利を上げた日本。
よく話題に上る最後の選択はヘッドコーチの指示には従わず選手たちが自ら選んだものだとか。

中学生の試合の場合も、最後の最後は指導者や父兄の思惑など遥かに超えたところで彼らはプレイしていたように思う。

高校ラグビーなどでもよく思う。
これまでの壁を超えるような結果を出すためには、たとえがふさわしいかどうかはわからないけれど、いわば盲導犬の「不服従訓練」のようなことが必要なのではないかと。
もちろん、確かな指導と信頼と、たゆまぬトレーニングがあったうえでの話だけれど
それだけのものを自分の中に蓄えたうえで、誰かに言われたとか、誰かに従うとかそういうレベルではなく、本当に自分の心に従って物事と向き合った時、そしてそれがちょうどチーム全体(時には選手だけでなくスタッフや応援するすべてのひとも)として、綺麗に揃い重なったときにだけ、奇跡とも呼べる素晴らしいことが起こるのではないかと思うのだ。

そしてもうひとつ
大人にとっては奇跡と呼べるものなのかもしれないけれど
子どもが成長する上では、ひとがもう一段階高いステージへと上るときにはそんなことがしばしば起こる。いや彼らはそういう力を持って上っていくのではないかと思う。
子どもの可能性は、何かを求めるひとのエネルギーは、それほどの力を持っていると、こころのどこかにちゃんと覚えておいてそうして対していかなければならないと気付かされた試合でもあった。
自分がどんな立場であれ、どんな考えを持っていたとしても、子どもたちと接するときは、何かにひたむきに打ち込むひとと接するときは、それは未来を拓くひとと向き合うということにほかならないと思うし、だからこそそういう人たちに尊敬の気持ちを持って接していきたいと思うのだ。

色々なひとに出会ってきた中でも特別な出会いというものはあるものです。
それは忘れられない恋の思い出かもしれないし、一生を共にする人かもしれないし、これから先もずっと付き合っていきたい魅力的な友人かもしれません。
どこで出会ったにしても、そのたくさんの人の中からそのひとだったのはいったいどうしてなんだろう?
そのひとと縁あって親しくなれたのはどうしてなんだろう?
やっぱりそれは奇跡に近い確率に思えてきてならないこともいっぱいあります。
一方で、それは日々の小さな選択と決断が作り上げてきたもの。
そのどれもにきっと自分の意志が働いていることも確か。

奇跡だった?
うん、半分だけ・・ね
じゃ、あと半分は?
なんだろうね
きっとそれはずっとかかって確かめていくんじゃない?
一緒に?
うん、一緒に確かめていきたいな
なぁ~んてね♡

 

※情報は2018.5.28時点のものです

pink blossom 2019

すべての出会いは幸せのため・・であってほしい

好きなもの、ラグビー、着物、ダンスに漫画、美味しいものに美味しいお酒、興が乗れば 歌うこと。お洒落なひと・ものは大好物です(笑)
好きなものを通して新しいことを発見したり素敵なひとに出会ったりそんなことを体験するのはもちろんのこと、見たり聞いたり企んだり(笑)するのが大好きです。
名前についている 2019 は、来年 2019 年、日本で、そして福岡でも行われる ラグビーワールドカップの成功を心から願う気持ちからの数字です。

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