平城京、平安京に次ぐ大宰府政庁跡へ!九博界隈を散策

九州国立博物館が考古好き女子のために発足した「きゅーはく女子考古部」も4期目を迎えました。5月に行われたオリエンテーション&九州国立博物館のバックヤードツアーに続き、今回は「太宰府史跡ツアー」を実施!かつて「西の都」と称された太宰府の史跡や名所、伝承地などを巡りました。

観世音寺

大宰府政庁跡・学校院跡の東側に位置する観世音寺は、天智天皇が亡き母斉明天皇を弔うために発願したお寺で、天平18年(746年)に落成しました。万葉集や源氏物語にも登場し、空海も滞在したと伝えられる大寺です。

礎石(そせき)と呼ばれる建造物の柱の基礎となる部分が残っています。

礎石(そせき)と呼ばれる建造物の柱の基礎となる部分が残っています。

こちらにあるのが日本最古の梵鐘(ぼんしょう)。国宝です!

案内板を読むと、榎社にいた菅原道真公の詩に「都府楼は纔(わず)かに瓦色を看る 観音寺は唯(ただ)鐘声を聴く」とあるのはこの鐘のようです。

みんなで登ってみました。

みんなで登ってみました。

大晦日には除夜の鐘が鳴り響くそうです。

大晦日には除夜の鐘が鳴り響くそうです。

こちらの梵鐘は「日本の音風景100選」にも選定されているそうですが、菅原道真も聞いた鐘の音が今でも鳴り響いているなんて、なんだか不思議な感覚になりました。

かつて五重塔があったとされる場所。礎石が残っています。

かつて五重塔があったとされる場所には礎石が残っていました。

学校院跡

続いて向かった先は「大宰府学校院跡」。のどかな風景が広がっていますが、かつてここでは役人や僧侶を目指す200人もの人たちが学んでいたそうです。

ここからすぐの大宰府展示館には、大宰府史跡および出土品、複製品などが展示されていました。

大宰府展示館

大宰府展示館

大宰府政庁復元模型

大宰府政庁復元模型

大宰府の建物の屋根を飾った鬼瓦

大宰府の建物の屋根を飾った鬼瓦

こちらの鬼瓦は、魔除けの意味を持っているようで、大宰府を中心に九州地域に分布しているそうです。注意して見ていると、周辺の施設の瓦にもこの「鬼瓦」が使われていました。

大宰府政庁跡

それでは、いよいよ当時最大のお役所「大宰府政庁跡」へ!

顧問が指差す方角にある山が大野城跡がある四天王寺山。それにしてもこの広さに圧倒されます。

7世紀後半の奈良・平安時代を通し、ここでは約1000人の役人が働き、九州を治め、防衛や外国との交渉にあたっていたそうです。

かつては平城京、平安京に次ぐ大きな規模のお役所だったという大宰府政庁跡。今は大きな広場になっていて、犬の散歩で訪れた人や家族連れなどでにぎわっていますが、1400年以上前の風景を思い浮かべながらのんびり過ごすのもおすすめです。

蔵司(くらつかさ)

そして、発掘調査中の「蔵司」へ。通常は立ち入り禁止なのですが、特別に案内していただけました。

蔵司というのは、九州各地から税として納められた特産品や布を管理していた行政機関のこと。現在、九州歴史資料館が発掘調査中ですが、礎石建物群が新たに見つかるなど、徐々にその全容が解明されつつあるそうです。

その後、筑前国分寺跡を通り、水城跡に到着。

水城跡は664年、唐と新羅の攻撃に備えて全長1.2kmにわたり、築かれた防衛施設。ここが大宰府の入口になります。

ここまで歩いた距離は約5km。たった5kmの距離ですが(結構疲れたけれど)、古代から現代までタイムマシンに乗って長い旅をした気分になりました。

きゅーはく女子考古部顧問のおすすめコースもこちらのサイト内に案内されていますので、ぜひ皆さんも足を運んでみてください♪

※きゅーはく女子考古部の詳しい活動内容は、九博ブログをチェック!

★きゅーはく女子考古部HPはこちら★

※情報は2018.7.10時点のものです

きゅーはく女子考古部

おそらく館内で最も女子らしくない3人がマネージャーを担当する「きゅーはく女子考古部」。一般から募集した考古学に関心の高い女子(小学1年生から50代まで)30名が自ら活動内容を考え、月1回のペースで活動している。専門的なことは考古担当職員が顧問として部員たちをやさしくサポート。2016年3月に部活動の集大成としてサミットを開催予定。

この記事もおすすめ