太宰府天満宮に残る官兵衛ゆかりの「如水の井戸」

乱世の中で軍師としてその才能を遺憾なく発揮し、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の三人の天下人に愛され、恐れられた黒田官兵衛。

軍師として活躍する一方で、官兵衛は和歌や茶の湯を楽しむ文化人としての顔も持ち合わせていました。

 

太宰府天満宮には、「如水の井戸」があります。

これは、福岡城内の居館ができるまで官兵衛が太宰府天満宮に仮住まいしていたときに茶の湯で使っていたものだそうです。

もともと官兵衛は「茶の湯は武士が好むものではない」と考えていたようですが、小田原征伐の陣中で秀吉から茶席に招かれた際、その価値観が一変しました。

秀吉は茶を点てる様子なく、密談を続けます。

官兵衛が不思議に思っていたところ、秀吉は次のように語ったと伝えられます。

「茶室以外で密談を交わせば疑いがかけられる。これが茶の湯の一徳」

この言葉に官兵衛は感嘆し、茶の道に入ったそうです。

 

「如水の井戸」の奥には「如水社」が建てられていました。

戦乱で荒廃した太宰府天満宮の復興に尽力した官兵衛の支援に対して建てられたもののようです。

また、近くには「眼薬の木」がありました。

これは、官兵衛の祖父・重隆が目薬を販売して財を成した、というエピソードにちなんで植えられたものだと思われます。

「如水の井戸」は宝物殿の近くにあります。

太宰府天満宮を訪れた際は、ぜひこの地に残る官兵衛の息遣いを感じてみてください。

漢字の「心」の字を象った池に掛かる太鼓橋。手前から過去・現在・未来となっており、橋を渡ると心身ともに清められるという。

壮麗な本殿は天正19(1591)年、秀吉の命を受けて毛利家の武将、小早川隆景が再建。

 

※情報は2014.8.31時点のものです

太宰府天満宮

住所太宰府市宰府4丁目7番1号
URLhttp://www.dazaifutenmangu.or.jp/

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