板付遺跡で “平成最後” の土器・埴輪作りに挑戦!

2018年最後の「きゅーはく女子考古部」は、板付遺跡(福岡市博多区)を訪問!土器や埴輪作りにも挑戦しました。

『板付遺跡には博多駅からバスが出てますよ~』と聞いていたので、博多バスターミナルビルからバスに乗車。約20分後に目的地の板付団地第二に到着しました(結構、都心にあるんですね)。到着後、周囲を見回し、「こっちかな~」と想像を付けて歩いていくと・・・

弥生人が見ているよ・・・の看板。なかなかシュールな感じです。

そして、この柵の中にあるのが板付遺跡の史跡公園。

1950(昭和25)年1月、この地で縄文時代最後の土器と弥生時代最初の土器が一緒に発見されました。それまで、弥生時代に稲作(米作り)が行われていたことは静岡県登呂遺跡の発掘調査で分かっていたのですが、稲作がいつ、どのように、どこから伝わったのかということは謎に包まれていました。

縄文・弥生、それぞれの土器が発見された板付遺跡は、稲作開始期の水田の様子を知る貴重な遺跡であることから、1971(昭和51)年には国の史跡に指定されています。

竪穴住居が復元されています。

竪穴住居が復元されています。

さて、きゅーはく女子考古部員たちはどこで活動をしているのでしょうか―。

史跡公園から少し歩いたところに、のぼりを発見!

先ほど公園で見た竪穴住居(復元)にそっくりな建物。その名も「板付遺跡弥生館」。どうやらこの中で古代体験を楽しんでいるようです。

中に入ると、発掘された土器のほか弥生人の足跡を発見!

ほかにも、複製の農具や楽器、貫頭衣などがあり、それらを使ったさまざまな体験ができる施設でした。

石包丁を使った穂摘みや脱穀、土笛など、ひとしきり弥生時代の体験を楽しんだ部員たちは、いよいよ土器づくりに挑戦です!

詳しい様子は、きゅーはく女子考古部のブログに書いてありますが、名人級の腕前の人もいれば、思った以上に苦戦する人たちも。コツをつかむまで時間がかかった人もいたようですが、思い思いの作品づくりに取り組んでいました。

あっという間に作業時間の2時間が過ぎ、充実感いっぱいの部員たち。出来上がった作品は1カ月程度乾燥させて、野焼きするそうです。

どんな作品に仕上がるのでしょうかo(^-^)o ワクワクッ

平成最後に作った『平成土器』の完成に、ご期待ください♪

※きゅーはく女子考古部の詳しい活動内容は、九博ブログをチェック!

※情報は2019.1.17時点のものです

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