【西出裕加子】「女の子だから」「日本人として」社会的立場よりも個人としての価値観を

子どもは日本人として育てるの、それともイギリス(英国)人として?この質問に違和感を覚えた。同じく国際結婚をしている友人とランチをしていたときの会話である。そういえば小さいころから、女の子なんだからとか、末っ子のくせにとか、決めつけられた規範を与えられると、違和感を覚えた。

 

そもそも、イギリス人として育てるのと日本人として育てるのでは、育て方がどう違うのか。男として成長するのと女として成長するのとでは何が違うのか。第一子であることと末っ子であることの違いは何か。あらためて考えてみると、実際に確かに違う。では、何が違うのか、わが家に当てはめて考えてみた。

 

夫は日本語ができない。そのためわが家の標準語は英語である。謙譲語も尊敬語もなく、相手に敬意を表する丁寧語のみである。幼稚園児の子ども2人は互いにファーストネームを敬称なしで呼ぶ。ある日長男に「お兄ちゃんって何?」と聞かれた。ビッグブラザーのことよと言うと、下の娘がこう言った。じゃ、りりちゃんもお姉ちゃんよ、だってトウゴ君(兄)より天才やけん。なるほどりりちゃんは妹だよ、と言ったもののそれは長男から見た場合の話であって、もし年下のきょうだいがいれば、彼女はお姉ちゃんにもなるわけである。

 

つまり、全ては相対的に与えられた社会的立場なのである。私が感じた違和感というのは、個人である前にイギリス人や日本人といった固定的な枠組みを与えられたからだということに気がついた。○○として、の前に、一個人として揺るがない価値観を持った人間に育ってほしいと痛感した。

from西日本新聞「わたし活性化計画」面

※情報は2014.11.22時点のものです

西出 裕加子

大学卒業後、広告代理店を経てロンドン大学修士留学。英系広告代理店に勤める傍ら、オペラの勉強をする。約10年にわたる英国生活を経て福岡県・糸島へ。現在はヒルトン福岡シーホークマーケティングマネージャー。2児の母。

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