【Tomoe Kubo】存在を 頬杖ついて描くのは どこぞの王子か 夢見る夢子は

のら猫巴の 迷い道もただの道〜「内光外輝」の日々も一歩から⑩〜

 

私ずっと

何でこんなに男運無いのかなーって

思ってたんだ。

束縛・暴力・不倫・二股

 

好きになった人は

私の事を好きになってはくれない。

さみしさを埋めるみたいに

好きだと言ってくれる人にすがってたんだ。

 

私が選んでたんだよ。

束縛も暴力も不倫も二股も。

私がしてたんだもん。

束縛も暴力も不倫も二股も。

 

自分を大切に出来ない私は

「私だけを見て欲しい」

その願望を

見て見ぬフリし続けてた。

そうして創り上げられた私は

奔放で

誰の手にも収まらない私。

 

それは、

私だけを見て欲しいと願う存在への

最大の、束縛。

 

こんなにも

私の中に

嫉妬や束縛があったなんて。

 

そんな私が落ち着くのは

私じゃない誰かを

大切に思ってる人の

こぼれた、気持ちだった。

 

自分で自分を傷付けるより

他人に傷付けられてると思う方が

全然マシだったんだよ。

 

全然、マシだったんだ。

だから気付いたんだ。

本当に自分を傷付けてたのは

他の誰でもなく、自分だったんだって事に。

日々の変化

出逢いの素晴らしさ

自身と向き合う事で得たもの、環境、心境

どんなに揺れる自分の心があったとしても、辿ってきた道こそが真実。

迷う自分と同じくらい

信じる自分がいる。

ブログには、そんな自分が体験した、様々な思いについて、綴っています。

http://s.ameblo.jp/tomoe3692222

どちらの私も居て良いように

どちらのあなたも、居て良いんだと思う。

 

【毎週月・水・金更新】

※情報は2013.12.9時点のものです

久保 巴

1982年9月2日生まれ。

幼少期より、見えない世界を表現することが好きで、どこか浮いた心そのままにフワフワとした人生を歩んでいる。登校拒否、拒食症に過食症、薬物依存に恋愛依存にと、内面・外面共に、およそ思春期女子を悩ませただろう事は、粗方経験済み。 その後、母の介護・死別、父との決別を経て介護という仕事に就き、「生きているとは」について、真剣に向き合い始める。そんな中出逢った「鑑の法則」と「美塾」を通じ、何に囚われる事なく、ありのままに生きる事、その命の輝きこそが、人の美しさなのだ、という事を知る。内側の光こそ外側の輝きである、究極美「内光外輝」への道、只今絶賛手探り進行中!

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