初志貫徹し、偏差値35からの志望校合格へ〜NAI・NAI起業のなまはげみきvol.48

♪NAI-NAI-NAIお金ない、NAI-NAI-NAI 場所もない、NAI-NAI-NAI でもとまらない~.

お金も人脈も知識もなく起業した太刀山美樹です。

 

受験シーズンがやってきました。

スーパーやデパートにも受験応援グッズがたくさん

太宰府の梅をみて思い出すのは

太宰府天満宮の飛梅

太宰府天満宮の飛梅

東風(こち)ふかば

匂ひおこせよ梅の花

主なしとて 春なわすれそ

 

私は小学生のとき、この歌にも詠まれた、飛び梅のお話で、朗読大会に出たことがあるため、太宰府天満宮を参拝するといつもこの歌を思い出します。

 

現在、都内で働く娘は、中学校時代にはバスケットをしていました。 

母親の私同様、背の高さと腕の長さには恵まれていましたが、

フィジカルもメンタルもいまひとつ。

なかなか試合には出れません。 

ところが、3年生の先輩が引退した時に、(自分らがメインの学年になる)

「そうだ!6番目になればいい。自分が生き抜くには、このポジションや!」とひらめいたそうです。

(解説)バスケットボールでは、リードとフォワードそして、背が高い人はセンターというポジションがあります。ゴール近くで、相手をはじき飛ばす勢いで、リバウンドからシュートを狙ったり、力強く戦います。

ゴールに近い(背の高い)方がシュートには有利です。

「私の体型は、本当ならセンタープレイヤー。でも、ゴール下で戦うパワープレイは下手。私はセンターにはなれない。スリーポイントシュートを徹底的に練習する!いざって時に試合に出してもらえる6番目を目標におく」 

(解説)バスケットボールは5人で対戦するので、6番目とははじめからレギュラーを狙う訳ではない。野球でいえば、代打の選手のイメージでしょうか?ここで大きな点数が欲しいなという時にだしてもらう。通常2点はいるシュートと違い、3点はいるスリーポイントシュートは、遠くからのシュートになります。

 

そして事実、決してレギュラーにはなれませんでしたが、たま〜に試合に出してもらえる6番目選手のひとりに、なっていきました。

 

娘は高校入試も奇跡の大逆転がおこり、第一志望校に合格しました。

しかし…運よく入学したものの、偏差値75とも言われる、周りの秀才たちのレベルには、全くついていけず、

テストの成績は、ブービー賞(学年で下から2番目、スポーツ特待の人の次)になり、2年生でなんと偏差値「35」(こんな数字あるんですね)まで落ちます。

 

大学に行けるとも思わず、ほかにがんばる事を見つけ没頭していました。

 

「3年になったら体育祭のリーダーをする」と、入学早々より宣言、

(3年でリーダー=浪人街道まっしぐら)と呼ばれていました。

入学早々、体育祭リーダーへのスターターピストルが娘の中で放たれました。。。

入学早々、体育祭リーダーへのスターターピストルが娘の中で放たれました。。。

体育祭の準備は6月からスタート

夏休みはガッツリと、9月の本番までもしっかり作業があります。

どう見ても、半端でないほどののめり込み…でしたが、

本人の中学時代の目標であったため、親としては「初志貫徹、やっているな」と見守っていました。

 

実は分不相応にも、この高校を目指したのも、体育祭の見学に行ってからのことでした。教師は、テントの下で待機、運営はすべて生徒主体でおこなっている体育祭に感動し

「絶対、私はこの高校にしか行かない」と言い出し、

当時の担任が「いやいや、それはまた思い切った事いうねえ〜」と言われる中、

決めてからは成績が急上昇、奇跡の合格を果たしていたのでした。

 

体育祭も終わり3年の10月早々に

担任の先生、保護者、本人で行う三者面談の時の事です。

三者面談って親も結構緊張します…

三者面談って親も結構緊張します…

「体育祭、本当にがんばりましたね…そして、そろそろ現実を見ましょうか?」

と担任の先生が見せてくれた成績表と模擬テストと志望校評価には、

 

すべての欄に、

「E」(最下位の判定で「合格は、まあ無理なんで他の学校にしたら」の意味)

 

第一志望どころか、とりあえずここは合格かなと書いてみたというすべての大学が、

A~Eのランクの中での、ダントツ Eランクでした。 

 

しかしそれを見ても、娘はまったく動じず

 

その用紙をとり、方向を自分に変えると鉛筆で、ささっと、

「E」の上に「×」と重ねて書き、

「C」(すっごい頑張ったらいけるかもね、の意味)と横に書き足し

 

「今、私の中では、このくらいだから、大丈夫」と

 

担任の先生に、にっこり返したのです。

 

コヤツハ ナニヲ スルノ・・・?

 

私はその行動に思わず吹き出し。

先生は唖然。

 

妙な空気が流れましたが、娘は平然と何事もなかったかのように

「よろしくおねがいします」

と、再び、にっこりとして部屋をでました。

 

廊下に出た瞬間。娘が、口を開きます。

 

「あのね、私がハッタリ言ったとおもったろうけど…違うとよ」

 

ある程度の成果レベルになるまでと思って、母にも黙っていたんだけどね…

 

日々の食事内容を記録することで食生活を改善する「レコーディングダイエット」のように毎日自分で、勉強した内容をブログに書いていたのね。

だんだんそこへのアクセス数がふえてきて・・・ 

コメントが付くようになり、あなたのやり方をまねたら、成績が伸びたと増えてきて…

まだ今は、自分自身の成績は伸びてないけど、このコメントをくれた方たちが実証しているから、私のやり方はきっとあっているはず、きっといける・・・

 

だから志望校は変えない 

違う学校は行く気がない(行く気もないから)もったいから受けない

 

私は、「おもろい子やな…」と思い、受験までほっておく、いや見守る事にしたのでした。

 

この受験のことを、最近、娘に改めて聞き取りしてみました。

娘曰く

 

「自分の限界を知っている」のが強みだったのかも…。

2年生で、偏差値35まで落ちた段階で、人生を考えた。

 

行きたい学部の大学はK大かA大。

しかし、時間は正味あと1年。偏差値35の現状の中、

可能性として、A大に狙いを定めた。

 

とはいうものの、ここまで落ちている今、どんな勉強方法をしていくか?

 

3年で、体育祭でリーダーをするのは決めている事で、ここは外さない。

この夏の期間中は、時間をがっつり取られるから、さらにのこり時間は厳しくなるし…。

 

そこで考えたのは、レコーディングダイエットのごとく、勉強を記録していく方法だったと。その記録をみる事で

「これだけやっているんだから、きっと力がついていっているはず」と信じていけると思ったそうです。

記録の結果が自信に繋がるはずと信じて!

記録の結果が自信に繋がるはずと信じて!

どうせやるなら、話題となって、そのことが自分の励みとなるようにと思ったのね。

だから「偏差値35からA大合格への道」という題名にして、ブログを書いていた。

 

中高大学生がみてるサイトで、たくさんの1万5千〜2万人ぐらいのひとがブログを書く中、受験・勉強のカテゴリー部門で、3年の11月にランキング1位をとるようになっていって…。

1日のアクセス数が5000人、5〜20コメントつくようになった。なんと多い日には、100のコメントが来るようになっていて、うれしかった〜。だって

「あなたの勉強法を真似して、こんなに成績が伸びました」てコメントが増えていったの!!

 

内容は1日2回、書いていたそうです。 

 

学校以外の勉強時間を8時間、週末は10時間と決め、最後には起きてるあいだ全部に!(お尻にあざできるほど)

朝は国語を何時間、英語は○分野を何時間・・など 科目項目ごとに細分化。

使っている参考書の名前、勉強方法や内容を細かく記していったそうです。

 

このほかにも、定点観測をしていて、テストの結果なども、その時の心情とともに、正直にかいていくうちに、コメントをたくさんもらうようになり、自分の励みとなったそうです。

 

ただ・・・ 直前の本音は内心、ヤバいかもとも、おもっていたようです。

伸びたのは実感しているけど、時間的に間に合ったのか?

 (のちに、「学年ビリのギャルが偏差値を40あげて慶応大学に合格した話」という本が出版されたのを知り、もっと早くでていればと苦笑したそうですが…)

芽は出たけれどちゃんと合格ラインに達しているか…

芽は出たけれどちゃんと合格ラインに達しているか…

「志望校はA大」と決めていたものの、学科は迷っていました。

 

娘が願書をだす前日、ふとその書類をみると、志望コースが私には予想外のものでした。

 

私「あれ?そんなコースが学びたかった?」 

娘「う〜ん…、本当にいきたいのは、新設の学科なんよ。

でも、そこあまりに人気が超高くて、そこだけ倍率がすごく跳ね上がっているの。

だからまだいけそうなのを選んだ」と、言い出しました。

 

「受験料を心配しているな」と、母親の私はピンと来ました。

 

その頃、娘は、高校時代100万円生活をしていたので、1コース増えれば3万円の受験料+宿泊料がかかるこの金額のデカさを知っていたのでした。

※コラムvol.9「子どもの携帯代が高いと思う方へ~私は、100万を高1娘に投げました」参照

※コラムvol.9続編⇒https://fanfunfukuoka.com/family/7915/

※番外編「100万円のなまはげさん?」⇒https://fanfunfukuoka.com/family/9985/

 

受験料に関することは、100万円とは別会計としていたのですが、お金の大切さを知った今、

「かすりもしない学科に申し込むのは、無駄打ちとなりそうで親に申し訳ない」と思っているな・・・。

 

「アホか!!」と、思わず一喝。

娘「へ…?」

「どのみち、全部ひっかからないかもしれないんでしょ?

ここまで来て、行きたいところを受けずしてどうするんよ。

そら、試合放棄やん。闘いの場にあがらなきゃ。あとから後悔するよ。」

娘「う・・うん」

「考えてん。2倍だかろうが20倍だろうが、どのみち通るのは一人で、あとは残念。どっちになるかは五分五分。ならば、ほ〜ら、確率は一緒やん。しかも試合の土俵にたたないと、結果は最初からでないよ。」

娘「でも、お金…」

「アホか!?何の為に親が働いていると思う?子どもの夢叶える事に、親がお金を使わずしてどうする?!そりゃうちは金持ちじゃないよ。けど、そのくらい、私もすっごい働いて取り戻す!そんな事、心配せんでもいいと!」

 

娘「…わかった!ありがとう」

 

ド〜ンと背中をおして、娘は願書を出しました。

大船に乗ったつもりで頑張れ!

大船に乗ったつもりで頑張れ!

そして、合格発表の日です。

 

「ぎゃ~」と娘の雄叫びが、二階の部屋から聞こえてきたので

やっぱり、全滅だったか…?と覚悟した私でした。

 

しかしなんと、その一番難しい学科だけが合格。あとは全滅という結果でした。

「まさか!ここだけ!?」思わず娘と目を見合わせて、大爆笑しました。

 

こんな事もあるんですね。だから人生はわからない…。

 

これで4年間、そしては次のステージへと「新たな目標にもっていけるんだろうな」と、私は娘を見ていました。

娘が社会人になる前にと、積み立てして行った1年前のロンドン地下鉄にて貧血でたおれた私のせいで、1日棒にふり、嘆く娘。すまない…

娘が社会人になる前にと、積み立てして行った1年前のロンドン地下鉄にて貧血でたおれた私のせいで、1日棒にふり、嘆く娘。すまない…

 聞き取りの最後に、都内の企業で働く娘が言うには「受験を通じて、私が学んだのは、(ビジネスと同じで)自分の的確な限界をみつける事、KGI(key goal indicator、重要目標達成指数) とKPI(key performance indicator、重要業績評価指数) が大事だったんだなと振り返ると自分で思った」

 

※自分の的確な限界のことをストレッチゴールというそうです。ストレッチ、思いっきり手足をのばしてやっと届くような高い目標。マイソリューションズ 山村真砂子さんに教えていただきました。2月21日、キャリアアップ講座担当でご一緒します。

経営者として学ぶことの大切さを痛感している、今の私に響く言葉です。

子どもが学んだことを伝えてもらい、私も学べる。しあわせだなと思います。

当然、このあとの大学生活もさまざまな事が起こりますが、続きはまたの機会に書かせてください。

 

〜みなさまへ〜

また私は子育ての事をよく話したり書いていますが、私は子育てはある意味、相性だと思っています。「この方法をぜひ試してください」で書いているのではありません。こんなこともあるのねと笑い飛ばしていただき、親と子、それぞれにあう付き合い方の、ヒントのひとつになっていけたらいいなと願っています。

 

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【火曜サスペンスMIKI劇場は、毎週火曜日午後10時更新です】

※情報は2015.2.10時点のものです

なまはげみき 太刀山美樹

福岡県筑後市出身。23歳で結婚出産。地域のママサークルが口コミで広がり、その後「きみ、おもろいね」とNHK福岡や、学校講師に、街角でスカウトされ経験を積む。2006年MIKIファニットを起業。

「どうせ無理と諦めてる子いねえ~が!」

と喝をいれる<幼児教育界のなまはげ>としても活動中。

好きな言葉「来た球は打つ」

MIKIファニット  http://www.mikifunnit.com

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