【Tomoe Kubo】側にある並ぶ居心地良さよりも それでも掴むと手にした火は

 のら猫巴の 迷い道もただの道〜「内光外輝」の日々も一歩から⑮〜

 

街が煌びやか。

面白い角度でツリーを撮りたくて

一人道端でしゃがみ込んで、何度も繰り返しシャッターを切る。

よし。

と立ち上がって

ふと

………何してんだろあの人…

な、目線に気付く。

 

こういう時に一人って、さみしい。

モジモジしつつ、出来るだけ素早く立ち去るんだ。

ただ思うのは

こーゆぅ時に女子ってありがたい。

男なら、ガチ不審者やと思う。

 

私お一人様って割と平気なんだけど

意外と寂しがりやだなーって

最近気付いたんだよ。

柱や壁にぶつかったり転んだり

そんな時の一人の寂しさを知ってると

誰かといる幸せが

とてつもなく大きな存在になったりする。

 

そうすると

その時間がずっと続いて欲しくなる。

終わりと無くなるの区別がつかなくなる。

名残惜しさ。

嫉妬や執着や束縛や

なんだかそんな難しい言葉並べてるけど

要は

ずっとモジモジしてる状態だったんだ。

モジモジしてる状態が恥ずかしくて逃げたくて

妙に笑い飛ばしてるような状況と、なんら変わらない。

その状況を救ってくれた人の影に

ずっと隠れていたかったんだよ。

あたしはずっと寂しがりやで

そしてこれからも寂しがりやなんだ。

モジモジしながら寂しがりやを名乗る位なら

堂々と寂しがりやを名乗ってやろう。

 

いつか

世界寂しがりや選手権の表彰台を独占する、その日まで。

日々の変化

出逢いの素晴らしさ

自身と向き合う事で得たもの、環境、心境

どんなに揺れる自分の心があったとしても、辿ってきた道こそが真実。

迷う自分と同じくらい

信じる自分がいる。

ブログには、そんな自分が体験した、様々な思いについて、綴っています。

http://s.ameblo.jp/tomoe3692222

どちらの私も居て良いように

どちらのあなたも、居て良いんだと思う。

【毎週月・水・金更新】

※情報は2013.12.20時点のものです

久保 巴

1982年9月2日生まれ。

幼少期より、見えない世界を表現することが好きで、どこか浮いた心そのままにフワフワとした人生を歩んでいる。登校拒否、拒食症に過食症、薬物依存に恋愛依存にと、内面・外面共に、およそ思春期女子を悩ませただろう事は、粗方経験済み。 その後、母の介護・死別、父との決別を経て介護という仕事に就き、「生きているとは」について、真剣に向き合い始める。そんな中出逢った「鑑の法則」と「美塾」を通じ、何に囚われる事なく、ありのままに生きる事、その命の輝きこそが、人の美しさなのだ、という事を知る。内側の光こそ外側の輝きである、究極美「内光外輝」への道、只今絶賛手探り進行中!

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