福岡グルメ小説 “N氏の晩餐”/西中洲「河庄」の寿司懐石コース

「わぁ、美味しい・・・。」

口に含んだ鮑の柔らかさと甘さに思わず吐息が漏れた。

カウンターには橙色の雲丹のソースに彩られた鮑と甘鯛が。


隣を見ると、静かに冷酒の盃を傾けている“あの人”がいる―――。

職場の歓送迎会帰りのタクシーの中、私はヒールの踵に何かが当っているのに気付いた。

取り上げてみるとそれは黒革の手帳だった。

中を見ると几帳面な文字でスケジュールがびっしりと書かれており、最後のページには氏名と携帯電話の番号が他のどのページよりも丁寧な字で書かれていた。

タクシーの運転手にその手帳を渡せば何事もなく事は済んだはず。でも何となくその几帳面な文字の持ち主に会ってみたくて、私はその手帳をこっそり自分のバッグに忍ばせた。

翌日、手帳に書かれた番号に電話をかけると、“あの人”はまるで私から電話がかかってくるのを予感していたかのように、至って冷静な口調で礼を言い、そして翌週の火曜19時に西中洲の「K」という店に手帳を持ってきてほしいと告げた。

その一方的な物言いに憤慨することもなく素直に同意の言葉が出たのは、その「K」という店がまさに博多を代表する名店として知られ、その店名を目にするたびに一度は行ってみたいと思っていた憧れの店だったからだ。

しとしとと降り注ぐ春の雨をくぐり抜けながら約束の時間5分前に店に着くと、逆L字型をしたカウンターの正面中央の席に“あの人”が一人座っていた。

和食店としては珍しいオープンキッチンの厨房の中では階上の座敷に運ばれる前菜や刺身の膳が次々と出来上がっていく。


生ビールで乾杯し、前菜、お造りが順に供され、二本目の冷酒とともに出てきたのが件の焼き物だった。寿司になり、松笠模様に細工されたイカに続いて焼き目がついた大トロの握り、平目、サヨリ、海苔の代わりに広島菜で巻かれた山芋巻で“おまかせ”のコースが締められた。

松笠模様に細工されたイカ

 

広島菜で巻かれた山芋巻

最後に “あの人”が追加でリクエストしたのが卵焼き。

カステラのように焼かれた卵焼きは口に含むとふんわりした食感で、それでいて魚と卵の風味が口の中に広がり、まさに初体験の味わい。

店を出るとすでに雨は上がり、空には星がきらめいていた。

私は “あの人”のことを手帳にあった名前のイニシャルをとって“N氏”と呼んでいる。

こうして、その日から月に一度の「N氏との晩餐」が始まったのだった。

※情報は2016.6.17時点のものです

河庄

住所福岡市中央区西中洲5-13
TEL092-761-0269
FAX092-761-0323
URLhttp://www.kawashou.info/top/
その他

営業時間

11:00~15:00

17:00~22:00(23:00閉店)

土・祝は通し営業

日曜定休

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AKASAKA BOY

謎のライター

1978年福岡市赤坂生まれ。福岡の街の魅力を小説形式で発信中☆

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