【矢動丸純子】セクハラ我慢しないで 笑顔で場を繕わず 嫌われても意思表示を

私たちは子どものころから「周りに迷惑を掛けないで」「その場を丸く収めて」「女は愛嬌(あいきょう)」と育てられ、嫌な思いをしたときでも態度に出さず、上手にかわすことが良いとしつけられました。

 

昨年の都議会と国会でのセクハラやじ問題。やじ自体は言語道断でしたが、やじを受けたというお二人、受けた直後は共に笑顔です。でも、笑顔の後に場を移して「あれはセクハラだ」と言っても、相手の男性も何が本当に悪かったのか理解できないのではないでしょうか。

 

何かと言うと「そんな堅いこと言わないで」と言われるし、嫌な女だと思われるのはキツい。でも、その場をうまく繕っていても何も変わりません。話題になった心理学者アドラーの著書に習って「嫌われる勇気」を持ってみませんか。

 

私は米国での仕事を経験したおかげで、無理に笑顔をつくることなく、発言もできるようになりました。でも、私もまだまだ。以前、仕事の席で、場のトップの男性から悪意ないセクハラ発言をされたとき、ムッとしたものの、十数人の前で自分の思いを上手に説明できずに固まってしまいました。相手は何だか分からなかったようで、数カ月後に「あのときはどうしたの?」と聞いてきました。その場で相手に理解できるように話す。これが私の当面の課題です。

 

先日テレビで、大物女性タレントが、どんなに偉くなっても女性らしさを忘れず、その場に女性が1人ならお茶をついで回るような気配りのできる人がすてき、と言いました。女性らしさ=お茶を入れること?ゴメンなさい、私、嫌われてもいいです。お茶を飲みたかったら自分で入れてください。

from西日本新聞「わたし活性化計画」面

【矢動丸さんのコラム】

今つらくてもこの世の終わりじゃない 出口はきっと見つかる

※情報は2015.5.16時点のものです

矢動丸 純子

東京にて現代美術のマネジメントや展覧会業務を経て、米ニューヨークに移住。東日本大震災後、二十数年ぶりに九州に戻る。福岡や筑後エリアで男女共同参画と被災者支援をテーマにイベントやプロジェクトを進行中。

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