【連載小説「博多座日和」】第一話・ 「孝行息子」~息子から贈られた極上の休日

月日が経つのは早いもので、あのやんちゃで手に負えなかった哲(サトシ)にも、社会人としての第一歩を踏み出す時が訪れた。

いままで散々心配をかけさせられてきたが、ある日を境に何かに取り憑かれたように公務員試験の勉強に打ち込むようになり、その甲斐あって地元の福岡市役所に就職できることになった。

「哲はなぜ公務員を目指そうと思ったのか」、その理由は未だ聞けないままでいる。

 

その哲が、新人研修の日程も終わりに差しかかったある日の夜、なにやら改まってこう言うではないか。

 「博多座の券を二枚買うてやるけん、友達と行ってこんね。今度初任給が出るったい。」

 私は一瞬、自分の耳を疑った。あの哲が!?博多座の券を私に!?

とりあえず予定が空いている日にちを伝えると、哲は怒ったような口調で「わかった」と言い、逃げるように部屋を出て行った。

その翌朝、出勤する哲の後ろ姿を見送り、空っぽの茶碗と皿が残った食卓にふと目をやると、そこには博多座五月公演のチケットが二枚、きちんと角を揃えて置かれていた。

 

公演当日、気の置けない友人を誘い、地下鉄に乗って博多座へ向かった。

中洲川端駅からエスカレーターに乗って地上へ出ると、ビルとビルの間に雲ひとつない青空が広がっていた。

初めての博多座。正面玄関を入ると、豪華な大理石張りのエントランスホールが私たちを迎えてくれた。


さらにエスカレーターで上階に上がると、吹き抜けのロビーには重厚な大階段を中心に弁当や土産物を売る店が所狭しと並んでおり、映画館のロビーのようなものを想像していた私の先入観とは大きくかけ離れた賑やかで気品漂う空間が広がっていた。

私たちは「博多座限定」の帯がかかったいくつかの土産物と弁当を買いこみ、場内へと歩を進めた。

哲がなけなしの初任給をはたいて買ってくれたチケットは一番安い三階席のものであったが、幕が開くと舞台全体と客席の反応が手に取るように見え、役者と観客を飲み込んだ「劇場博多座」の呼吸を肌で感じることができた。

 

芝居が終わり、場内の明かりが点る。

背もたれに身を預けて高揚感と満足感に浸っていたそのとき、友人がしみじみとした口調で言った。

 「あの哲ちゃんがねぇ。立派になって…。あんたの育て方は間違っとらんかったんよ。」

 その瞬間、哲と過ごしたこれまでの日々が走馬灯のように頭の中を駆け巡り、そして気づくと大粒の涙が頬を伝って、久方ぶりに袖を通した訪問着の胸元を濡らしていた。

愛する息子から贈られた極上の休日。

あの博多座の一日を私は一生忘れることはないだろう。

※この物語はフィクションであり、登場人物はすべて架空のものです。 

※本文章について、「私的使用のための複製」や「引用」など著作権法上認められた場合を除き、無断で複製・転用することはできません。

 

※情報は2015.7.23時点のものです

博多座

住所福岡市博多区下川端町2−1
URLhttp://www.hakataza.co.jp/

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AKASAKA BOY

謎のライター

1978年福岡市赤坂生まれ。福岡の街の魅力を小説形式で発信中☆

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