日本全国ヒッチハイクでどこへでも!復興に向かう仙台を見る

お久しぶりです。

現在住所不定無職のヒッチハイカー、ノラ猫コラムニストこと久保巴です。

リアルにノラ猫みたいに日本中をうろうろしてます。

今はあなたの街にいるかもしれません。

このコラムは、只今大河ドラマの「花燃ゆ」で賑わっている、萩のジョイフルで書いています。

先月末に、仙台に行って来ました。

浅野祥くんという、三味線を弾く男の子がいるんだけど、
その子から旅に出る前にこんな話を聞いていたから。

「仙台に、阪神淡路大震災の義援金で、地域復興の為の集会所が出来るんだけど、その除幕式があるよ」

と。

【東日本大震災】

2011年3月11日
私はこの日、何をしてたかなぁ?

沢山の方が亡くなって
沢山の景色が一瞬で変わって

どれだけ悲痛な報道が繰り返されていても、
私にとってはどこか他人事だった。

「ヤシマ作戦」なんて節電呼びかけのチェーンメールも出回ってたけど

私はとくに、何もしてはいなかったよ。

変わらず日々を送ってたんだ。

テレビに映る被災地を観ながら、「大変だなぁ、親戚は無事で良かったなぁ」なんて思いながら

いつの間にか復興に向けて動き出してるという情報の中で、震災について思いを馳せることも無くなっていたんだよ。

「仙台か…」

この旅に特に目的は無かったし、
とりあえず東京を目指した以外、他に行きたい所も見当たらなかったから「行ってみようかな」なんて気軽さで向かう事を決めたんだ。

こんな機会でもなきゃ行かないかもしれないと思って。

息を呑むほど、空が広くて、きれいだった。

何も植えられていない田んぼや畑が続いていた。

かつて家々が建ち並んでいたという小径には、花が咲いていた。

防波堤を高くしようと工事が行われ、荒野でポツリと若者がBARみたいなのを開いていた。 

震災から4年。

やっと、復興に向けて人々の心が動き出したんだという。

それで、この景色なのか、と

変な言い方になるけれど、ゾッとしたんだ。

生き残った人たちの笑顔に
どう生きてきたのかを思って、何とも言えない感情が湧いた。

どれだけ絶望しても
こんな風に人は笑うのか、と。

塩にまみれて、田畑では作物が育たないんだそうだ。

だけど、

そんな土地にも、花が咲くんだ。

復興って、一体何なんだろう?

まだまだ沢山の方が避難生活をしていて

土地は広々としている。

立ち上がっていこうと動き出す、その力強さに

景色が追いつくのは、いつになるのかな。

きれいな空が、切なかった。

町の人たちがやさしくて、嬉しかった。

ここに来なければ感じることの無かった風に、

思いに、

この旅の意味も、少しは感じれた気がしたんだ。

今日は雨だったから、
ヒッチハイクはお休みして、のんびりこうして想い出に耽る。

次の旅空では、どんな景色を綴っているのかな。

※情報は2015.7.1時点のものです

久保 巴

昭和57年9月2日生まれ。元介護士 本質とは何か?潜在意識や美塾を通じて自分自身と向き合い続けている。(ブログを日々更新中!)

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