【Tomoe Kubo】山茶花の 花の燃ゆるを眺めつつ 頬杖ついて 微笑むのは

のら猫巴の 迷い道もただの道〜「内光外輝」の日々も一歩から㉑〜

 

年が明けて

浮足だった12月も、だいぶ昔に感じる。

お餅片手に

特番を見つつ

昔も今も、私は大して変わらない。

 

ついこないだ

いろんな方の「絶望」した話を聞いた。

なんやそれ?って感じやな(笑)

すごい絶望を味わったからこそ

今が幸せです!って事なんだけど…

幸せに…

見えないんだよね…

幸せの尺度の違いと言われたら

そりゃそうだよ。

 

ただ

そんなに昔はダメですか?って思ったんだよ。

だけど

そんな私も居るんだ。

それほどまでに

私は「昔に絶望してた」んだと思う。

こないだ

あれ程記憶から消したかった昔を

「好きじゃないけど

嫌いじゃないな」

そう思ってる自分に気付いたんだ。

嫌いなら嫌いで良い。

それを糧にする必要もない。

糧にならなきゃ

無駄なわけでもない。

 

だから

嫌いだけど

そんなに嫌いじゃない。

無駄で良い。

無駄ばっかりも良い。

結局何にも無駄になんないから。

そう思えた時

解放された自分が居た。

大嫌いにも

大好きにも

引け目を感じる必要は無いんだ。

 

そもそも

それを感じられる事こそが

奇跡なんだから。

てことで。

お腹のプヨっと感がヤバイのでした(笑)

 

日々の変化

出逢いの素晴らしさ

自身と向き合う事で得たもの、環境、心境

どんなに揺れる自分の心があったとしても、辿ってきた道こそが真実。

迷う自分と同じくらい

信じる自分がいる。

ブログには、そんな自分が体験した、様々な思いについて、綴っています。

http://s.ameblo.jp/tomoe3692222

どちらの私も居て良いように

どちらのあなたも、居て良いんだと思う。

【毎週水曜日更新】

※情報は2014.1.8時点のものです

久保 巴

1982年9月2日生まれ。

幼少期より、見えない世界を表現することが好きで、どこか浮いた心そのままにフワフワとした人生を歩んでいる。登校拒否、拒食症に過食症、薬物依存に恋愛依存にと、内面・外面共に、およそ思春期女子を悩ませただろう事は、粗方経験済み。 その後、母の介護・死別、父との決別を経て介護という仕事に就き、「生きているとは」について、真剣に向き合い始める。そんな中出逢った「鑑の法則」と「美塾」を通じ、何に囚われる事なく、ありのままに生きる事、その命の輝きこそが、人の美しさなのだ、という事を知る。内側の光こそ外側の輝きである、究極美「内光外輝」への道、只今絶賛手探り進行中!

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