【矢動丸純子】恵みあふれる地 筑後 文化や歴史 再発見しつついつか恩返しを

30年ほど前「もうここには戻らないだろうな」と思いながら九州を離れた私が、四半世紀たった後、福岡で心地よく暮らしています。思えば数年前に一時帰国した際、筑後川一帯に咲き誇る菜の花畑を見て「こんなに美しい場所だったんだ」と感動に震えたのがきっかけ。当時、米国に残るか日本に帰るか悩んでいた私の心を動かしたのは、かつては気にも止めなかった地元の風景でした。

 

福岡に戻り、人々に出会い、新しい発見がたくさんありました。特に、昔は何もないと思っていた筑後の地は、自然と伝統と文化にあふれた資源豊かな場所でした。筑後川沿いは良質の水に恵まれた日本三大酒所の一つ。緑鮮やかな耳納連山。有明海の恵み。久留米は近代筝曲の発祥の地であり、絣や染め物の伝統工芸など、枚挙にいとまありません。

 

地元の企業家や伝統工芸の2代目、3代目の方々と交流を持つこともできました。彼らに感じるのは地元への深い愛情と誇り、パッション(情熱)です。筑後の人々は、本当に熱くてパワフル!

 

また、最近知ったのが、柳川の礎を築いた筑後領主の田中吉政(1548~1609)。豊かな水と陸地に恵まれたこの地区の特性を見いだし、近代的な都市整備を行い、グランドデザインを実現させた名領主です。彼の基盤がなければ、今の久留米、八女、柳川はありません。

 

知れば知るほど奥が深い筑後の歴史と文化。私はこの土地への恩返しがしたいと思っています。妄想のような構想を思い描きながら、出会う人々と語り合ううちに、何かが芽生え、新しい道が見つかるかも。そんなふうに思えるのも、筑後の懐の深さのおかげかもしれません。

from西日本新聞「わたし活性化計画」面

【矢動丸さんのコラム】

今つらくてもこの世の終わりじゃない 出口はきっと見つかる

セクハラ我慢しないで 笑顔で場を繕わず 嫌われても意思表示を

女性の力で日本再生 世界の第一線で活躍した大先輩の声を届けたい

※情報は2015.7.11時点のものです

矢動丸純子

東京にて現代美術のマネジメントや展覧会業務を経て、米ニューヨークに移住。東日本大震災後、二十数年ぶりに九州に戻る。福岡や筑後エリアで男女共同参画と被災者支援をテーマにイベントやプロジェクトを進行中。

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