本出版の夢を追った1年間。諦めずに綴り続けた思い〜NAI・NAI起業のなまはげみき vol.65

2015年3月11日から、ファンファン福岡で書き始めた時から、わたしは密かにある願いのなか、1年間書き続けていました。

「本を書きたい。そして、できれば子どもの頃から読んでいた西日本新聞社からだしたい。」

 

なぜ、そんな大それた事を考えたのか… それは…

私は企業やJA、またPTAや教員向け研修で講演会に呼んでいただくことがあるのですが、その際、次のような感想をいただくことがあります。

 

■講演・講義の感想

・あるある…って話がでてくるので、すごくわかりやすい(女性20代)

・な~んだ。失敗や挫折もいいんだなあと思えてきた(男子大学生)

・やわらかい口調で、熱くて、最後まで惹き込まれた(女性50代)

・話をきいて、なにか自分でも答えを探して行くぞと思った(女性30代)

・子どもたちのため、自分の仕事のため、何をするか考えた(男性30代)

 

私は、何事も要領が悪いことを自覚しています。

昔からジタバタしています。しかしこのジタバタしている私の奮闘話を話してみると、聞いていただく方が、「自分にもある話かも」と思い、等身大だと言う方もいると気がついたのです。だったら私の話を笑い飛ばし、私もなんかしてみようかな…と思ってもらえたらこんなに嬉しい事はない、たくさんの方に思いを届けられたら…と願いを立てたのでした。もしコラムを積み重ねて本にまとめられたら…と。

 

よし!コラムを毎週書いていこう。

でも(「本にしたい」といくら願っても)

読む人がおもしろくなければ、それまでの話です。

もしコラムで、私が1年間、ランキング1位を毎週とり続ける事ができたら、3月に「本にしていただけないか?」とお願いしてみよう。

 

そう思っていきました。

だから熱が出ても、出張先でも、書き続けてきたのですが、実は途中で二度諦めかけました。

一度は、時間的なものでした。もう今日は間に合わない。諦めようか…。

会社の業務は当然優先ですし、出張もかさなり…。そんな時に、めったに来ない、実家の姉からメールをもらったのです。

お母さんが仏壇になんか話しかけているよ。

「お父さん、みきが、ももちゃんの事で、あの西日本新聞に、こげ〜んふとく(こんなに大きく)載っとるとよ」と。

昨年、娘に「携帯代が高いといって100万円投げた」という話が大きく西日本新聞の紙面に掲載されたときのことです。

※「100万コラム前編」⇒https://fanfunfukuoka.com/family/7653/

※「100万コラム後編」⇒https://fanfunfukuoka.com/family/7915/

昔から、私の事には無関心なそぶりの実家の父と母でした。(父は「食事は米。電気はナショナル。新聞は西日本」と頑固に決めていました)母が掲載記事を切り抜き、仏壇にあげ、他界した父にうれしそうに話しているよ、と姉からのメッセージでした。

こりゃ、父からのエールだなと 続けるしかなかばい。

 

諦めかけたもう一度は、コラムで狙い続けるなんて難しい、本の出版なんてただの夢じゃないのか…と自信をなくしかけた時。
誰にも言ってなかった時なので、まだ黙って辞める事もできる。

 

そんな時に、たまたま、昔いただいた、講演終了後のアンケートのまとめを見ます。アンケートをまとめたボランティアの方の、当時のメモが残っていました。
「アンケート用紙がボコボコになっている。涙でうるっとしたあと?水分が乾いた感想の紙みたいです」と。そしてそのアンケートには「子どもがかわいく思えるようになった」と書かれていました。

 

やはりやろう…。そんなギリギリに仕上げた日も担当の一木さん、待っててくれ、どうにか1年間掲載を続ける事ができました。

 

出版にあたっては、そこから社内の企画会議へとすすみ、まさかと思っていた事が現実へと変わりました。

 

9月に西日本新聞より本を出版できる事となりました。

「ママ、明日から社長になるけん〜転んでつかむ前向き人生〜」(仮題)

(一緒に考えてくださった方ありがとうございます)

 

実はこの本の題名、わたしは本当に娘に呟いた言葉でした。

もうこれは起業しかないと思い、 

「ママ、明日から社長になるけん」

そう私が言うと、驚く事もなく小学生の娘は平然と
「あ、そう。ももちゃんも、なるけん」

と返されました。

娘と息子に支えられ、ここまで来ることができました。

娘と息子に支えられ、ここまで来ることができました。

 

ところで、先日、甘木観光ホテルの大衆演劇を紹介いただき見学してきました。幼少期に祖父母が、笑点や吉本新喜劇のTVをみていたせいなのか、この「こってこて」さ加減が、私にはすごく心地よいものでした。

観客からお花(お金)が贈られるのも大衆演劇の魅力。

劇、歌と踊りのショータイム。ほろっと涙ぐむ、会場内のおばあちゃん。帰りは飯塚にぬけ、嘉穂劇場に見学に。終了間際の時間でしたが「なりたい姿になる役者魂」にて、かけぬけてきました。

憧れの花道へ!

憧れの花道へ!

舞台から、奈落の底へむかいます。

舞台から、奈落の底へむかいます。

「なりたい自分になる」「夢を実現させる」-。舞台を踏み、そんな思いを強くした1日でした。

本の題名も決まり、いま最後の原稿のツメをしているところです。

(我が子のつわりも一切なかったけど)この出産も楽しみです。

みなさま、ほんとうにありがとうございます。

またこの続きをお知らせさてください。

今後ともよろしくお願いいたします!

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※情報は2015.7.22時点のものです

なまはげみき 太刀山美樹

福岡県筑後市出身。23歳で結婚出産。地域のママサークルが口コミで広がり、その後「きみ、おもろいね」とNHK福岡や、学校講師に、街角でスカウトされ経験を積む。2006年MIKIファニットを起業。「どうせ無理と諦めてる子いねえ~が!」と喝をいれる<幼児教育界のなまはげ>としても活動中。好きな言葉「来た球は打つ」

MIKIファニット  http://www.mikifunnit.com

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