【矢動丸純子】「男前」?「女らしい」?性別にとらわれず人格で判断される時代に

 「彼女、男前だね」「男らしいよ」「中身は男だから」…。女性に対しての褒め言葉として、また女性自身が自分を表す言葉としてよく聞きます。意味としては「りりしい」「さっぱりしている」「決断力がある」などでしょうか。「大ざっぱ」とか「こだわらない」とかも含まれているようです。

 

私にはとても不思議。なぜ「男」なんでしょうか? 「女」を使った形容詞だと、「女々しい」「姦しい」とか、あまりよい印象はありませんね。「女前」って言葉はないし、「女らしい」と言うと逆に嫌みに取られる時代でもあります。

 

でも私が今まで出会った女性は、決断力があり、新しいことにチャレンジする勇気もあり、しかもたくましい。海外に一人で出て行く日本人は、むしろ女性の方が多数。女性の方がより「男らしい」のは、翻って考えれば、きっと男性も「こうあるべき」という理想の男性像にとらわれて、「男」であるために、大変な思いをしているのかもしれませんね。

 

言葉って不思議。無意識に使っていても、その奥に何か別の物が隠れていることがあります。男性も女性も、お互いの違いを理解しながら尊重できる時代、性別よりも人格で判断される時代、そんな時が早く来ることを祈ります。いえ、私たちがつくっていきましょう。

 

「元始、女性は実に太陽であった」と書いたのは、平塚らいてう。そう、女性は誰かのサポーターでもなく、サポートがなくても自ら輝く力を持っていることを忘れないでください。

from西日本新聞「わたし活性化計画」面

 

※情報は2015.9.5時点のものです

矢動丸純子

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