【アーヤ藍】家族の問題 抱え込まずに 友が先輩が支えてくれた

家族って何だろう。「実家に帰る」「家族と過ごす」年末年始。家族がバラバラになり、「帰る家」がない私はこの時期、普段より一層家族について考えずにはいられない。

 

大学入学直後に両親が別居。「家族第一」で育てられてきたため、自分が信じてきたものが急に崩れ去った。半ばうつ状態になった母親を支えねばと奮起したが、後ろを向きがちな母との衝突が続き、最近は連絡を取っていない。

 

当時は「家族の恥をさらしてはけない」という思いから誰にも相談できず、また、「まずは家族を大事にすべし」という社会的通念のようなものを守れなかった自分への嫌悪感にさいなまれた。孤独で、生きる意味も見失いかけた。

 

それでもここまで生き続けられたのは、少しずつ話せるようになった自分の思いを受け止め、支えてくれる、「まるで家族のような」友人や人生の先輩たちがいたからだ。

今暮らしているシェアハウスの写真です。このシェアハウスは私にとって1つの「帰る」場所ですし、一緒に暮らすメンバーは、ある種の「家族」のような存在です。

今暮らしているシェアハウス。このシェアハウスは私にとって1つの「帰る」場所で、一緒に暮らすメンバーは、ある種の「家族」のような存在です。

家族の問題は、よその人には話さない、家族のなかでの秘密…と、家族ごとに閉じて孤立しがちだが、もっとオープンにしてはどうだろうか。何か問題が起きたときに「家族のような存在」に話し、気持ちを共有するだけで気分は楽になる。家族ほど近すぎない距離だからこそ、問題の「交通整理」をうまくしてくれることもあるだろう。そうして外側の人の力を借りることが、結果的に家族の絆を強めることにつながるのではないかと思う。

 

隠していたものをオープンにすることは不安や恐怖を伴うが、勇気を出して試してみてほしい。逆に誰かに心を開かれたときは真摯に向き合ってほしい。かつての私のように必死で挙げた「声」かもしれないから。

大学卒業時、ゼミの仲間が手作りでつくってくれた、私の好物のモンブラン。このゼミの教授や仲間たちに、自分の家族の問題について打ち明けられるようになったことから、少しずつ変わっていけました。

大学卒業時、ゼミの仲間が手作りでつくってくれた、私の好物のモンブラン。このゼミの教授や仲間たちに、自分の家族の問題について打ち明けられるようになったことから、少しずつ変わっていけました。

※表紙の写真は、昨年末、家族を亡くした人たちが集まって一緒に年を越す企画にボランティアスタッフで参加したとき、企画の最後で主催者の人からプレゼントされたもの。海で拾ってきたガラスの破片。様々な場所にぶつかって角が丸くなっています。いろんなカタチがあっていいし、トゲトゲした傷も、だんだん丸くなっていく…というメッセージがこもっています。

 

※情報は2015.12.26時点のものです

アーヤ藍

ユナイテッドピープル(福岡市)取締役。社会問題をテーマとした映画の配給を行う。特に戦争や紛争、差別偏見、虐待など「ヒトがヒトを傷つける」問題に関心が強く、仕事、プライベート問わず発信している。1990年生まれ。

この記事もおすすめ