39人の輝く瞳とスタートした教師生活【感動の序章】

私は教師12年目です。学校では中堅教師です。年齢は37歳。もう若い教師の部類ではなくなってきています。ちょっと残念(笑

さて、今日は若いころのhideto-teacherを少しふり返ってみたいと思います。

もちろん教師としての、です。

プロフィールにも書いていますが、私は子ども達と一緒にみんなで同じ目標に向かって学習、活動をするのが好きな教師です。その多くはボランティアが多いです。自分から進んで「ボランティアしています!」というのは口が裂けても言いませんが(笑

子ども達と何をするか話し合っていると、そうなることが多いだけです。

これまで取り組んできた主な活動は、

・飛べ!万羽鶴

・アルミ缶大作戦~カンボジアの地雷原に命の水を~

・元気を届けよう!野菜づくりプロジェクト

・笑顔を届けよう!アルミ缶ふくしま大作戦

・ふくふく大作戦

などです。

子ども達が一生懸命取り組んだ(でいる)これらの活動は、現在進行形のものもありますが、たくさんの感動を巻き起こしてくれました(ています)。

今日は若いころをふり返りますので、私がまだ24歳だった頃、一番最初に子ども達と行った活動について書いていきます。かなり長くなりますので、何回かに分けてお送りします。最後まで読んでいただけると幸いです。

 

私は、大学受験時、1年間浪人し、大学も5年間通った遠回りな人生を送っている教師です(笑

遠回りしたこと、まったく後悔をしていません。得たものの方が大きかったから。だから、大学を卒業して初めて教師になったのは、24歳の時です。そのときはまだ本採用ではなく、講師として担任をしていました。

4月。

学校は離任式、赴任式、始業式から始まります。

離任式というのは、学校を異動などで去って行く先生とのお別れの式。赴任式というのは、新しくこの学校に赴任した先生との出会いの式。そして、その後、始業式です。4月の最初の日、学校は大忙しです。

離任式時、職員室で緊張しながら慣れないスーツを着ている私。髪はワックスで立っています。新しい先生は子ども達にバレないように、職員室待機のことが多いです。赴任式までは時間があります。なぜなら、前の学校で離任式をして、その日のうちに学校を移動してくるからです。

時には町を越えて移動してくることもしばしばあります。離任式と赴任式の間は、だいたい1時間程度は空いています。その間、子ども達は一度教室にもどり、クラス替えをして新しい友達と一緒になったり、学校によっては、それに伴って机や椅子を移動したりしています。緊張感のある日です。

赴任式の時間になりました。子ども達が先に入場し、いよいよ新しく赴任した教師の入場です。私もその列の中にいました。式が始まり、ステージに登ります。

赴任した先生は、何人いたかな?5人ぐらいはいたかな?みんながステージに上がり、横一列に並びます。

何しろ初めてのことで、そういえば、事前に誰も何も私に説明しなかったので、周りの先生の見様見真似でステージの上にいました(笑

すると、どうでしょう?端の方から、一人ずつ子ども達に挨拶と簡単なスピーチ(大げさな言い方 笑)をしているではありませんか!

お!これは順番が回ってくるぞ!途端に汗がふき出る私。あ、順番、来た!よく校長先生が話す演台?に近づきました。そして、なぜか私は…

そこで猪木のモノマネをしたのです。

「元気ですかーーーー!」

と(笑)。

あれは何だったんでしょう。今でもわかりません。

マイクを通したその大声は、体育館中に響き渡り、もはやノイズ。その後、何を喋ったか覚えていません。周りの教師は、とんでもないのが来たな…と天を仰いだことでしょう。

体育館って声が響くんですよね…

体育館って声が響くんですよね…

ステージを下り、始業式です。

これは、学校によって異なるでしょうが、校長先生が担任紹介をしました。1年生はまだ入学していないので、2年1組から順番に「2年1組○○先生です。」といった具合です。

私たち教師はもちろん、どのクラスを受けもつかは知っています。私は4年2組を担任することになっていました。順番が来ました。

校長先生が「4年2組、hideto-teacher先生です。」と言った瞬間、体育館の天井を突き抜けるほどの子どもの声で「イエーーーーーーイ!!!!!」と歓声があがったのです。

その時の私の印象は、喜びというより、なんだ、これは!?という感覚でした。

そして、これは、今の学校ではダメな行為です。10年以上前だから許されたのでしょう。今の学校ではだいたい担任発表があるときは、「最後まで静かに聞きましょう。」と子ども達に話をします。いや、これは子ども達への忠告でしょう(笑

私はもちろん、そんなことは知りません。だって、ステージで子ども達に話すことさえも知らなかったのですから(笑

担任発表が終わると、私たち教師は子ども達が体操座りをして2列に並んでいる前に立ちます。すると、どうでしょう。子ども達39人が、キラキラした目で私の方を向いているのです。眩しすぎるその眼差しを私は昨日のことのように思い出すことができます。

「ああ、この輝きを大切にしたい!」

そう思いました。

始業式が終わり、教室に入ります。子ども達は自分の席につき、こっちを見ています。キラキラキラキラと。下校時刻まで時間はもう5分もありません。私は自分の名前を黒板に書き、簡単に自己紹介を終えた後、子ども達に話しました。

いえ、話したというより、ステージの上と同じように口から言葉が出たのです。

「君たち39人と先生1人、40人が、何かの縁でこの教室に集まった。神様がきっとこの40人を選んでくれたのだろう。だったら、この1年間、みんなで何かしないか?何をするかは明日から決めていこう!それぞれ何をしたいか、考えておいで。それが最初の宿題だ」

まったく計画性のない若い教師のこの言葉は、子ども達が感動で号泣する物語への序章だったのです。

 

※情報は2016.1.28時点のものです

ヒデト☆ティーチャー

中学1年のころ、イジメ自殺問題をニュースで見て学校を変えたい!」と教師を志す。大学時、学校と社会をつなぐ教師になる!と決める。子ども達と一緒にみんなで同じ目標をもって、学習、活動をするのが大好き。現役の小学校教諭。高校、大学時代はラグビーに熱中。『ラグビーに受けた恩は、ラグビーに返す。』2019年ラグビーワールドカップ日本開催に向けて尽力している。

ヒデト☆ティーチャー

中学1年のころ、イジメ自殺問題をニュースで見て学校を変えたい!」と教師を志す。大学時、学校と社会をつなぐ教師になる!と決める。子ども達と一緒にみんなで同じ目標をもって、学習、活動をするのが大好き。現役の小学校教諭。高校、大学時代はラグビーに熱中。『ラグビーに受けた恩は、ラグビーに返す。』2019年ラグビーワールドカップ日本開催に向けて尽力している。

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