謙虚な姿勢、感謝の心 アラビアの言葉に学んだ

アルハムドゥリッラー。インシャーアッラー。大学時代に学んだアラビア語の中で、大好きな二つの言葉だ。

前者は「神に称賛あれ」の意味で、すでに起きた出来事に対し、神への感謝の気持ちを表す。例えば乗り遅れそうだった電車に間に合ったとき、友人と偶然再会したとき、試験で良い成績が取れたときなど…。良いことばかりでなく、悪いことであっても、それが自分に起きた意味や理由があるはずだと、謙虚に受け止める一言だ。

スペインにあるアルハムブラ宮殿。イスラーム建築の最高峰と言われています。表紙の写真もアルハムブラ宮殿の一部。まるで装飾のようにアラビア語が綴られています。

スペインにあるアルハムブラ宮殿。イスラーム建築の最高峰と言われています。表紙写真もアルハムブラ宮殿の一部。まるで装飾のようにアラビア語が綴られています。

後者は「神が望むならば」という意味で、未来の出来事に使う。イスラム教徒の友人に「また会おうね」と言って「インシャーアッラー(神が望めば)」と返事をされたときは、再会したくないのかと、当初は不安に思ったものだ。だが実際は違う。たとえ再会の日時を約束していても、一方が体調を崩したり、交通機関が乱れたり、急に仕事が入ったりして会えなくなる可能性はある。そうしたいくつもの分かれ道がある中で再会できるとしたら、それは「奇跡」なのだ。そんな思いが、この一言には詰まっている。

昨年ペルーを旅していた時。一人でレストランに入ったところ、スペイン人の旅行者が一緒に食べようと声をかけてくれました。一期一会。

昨年ペルーを旅していた時。一人でレストランに入ったところ、スペイン人旅行者が一緒に食べようと声をかけてくれました。一期一会。

私はイスラム教徒ではないが、この二つの言葉にある、内省する謙虚さや、一つ一つの出来事への感謝の気持ちといったエッセンスは、自分の生き方に取り入れようと心掛けている。

トルコ・イスタンブールのイスラーム教寺院。

トルコ・イスタンブールのイスラーム教寺院。

「宗教」という大きな枠組みで捉えると壁をつくってしまいがちだが、自分と異質なものの中にも、自分がより豊かに、より幸せに生きるヒントはたくさんある。それらを柔軟に取り入れていくことが、異文化に触れる、いや、より広く、自分と異なる「他者」に出会うことの醍醐味ではないだろうか。

福岡で撮影した空。景色もその一瞬しか見られないものだと思うと、喜びや感謝の気持ちが湧いてきます。

福岡で撮影した空。景色もその一瞬しか見られないものだと思うと、喜びや感謝の気持ちが湧いてきます。

 

※情報は2016.2.20時点のものです

アーヤ藍

ユナイテッドピープル(福岡市)取締役。社会問題をテーマとした映画の配給を行う。特に戦争や紛争、差別偏見、虐待など「ヒトがヒトを傷つける」問題に関心が強く、仕事、プライベート問わず発信している。1990年生まれ。

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