アフリカ・アンゴラの現地より〜奴隷制度に屈しない誇り高き国民性

ペンサドール

 アンゴラに来るとこの言葉が頭から離れなくなる。

アフリカへのヨーロッパ入植が始まり、15世紀頃から始まった恐るべき奴隷制度。
探検家たちが原住民たちが幸せに豊かに暮らしていたアフリカの地にやって来て色々調べまくり
まあ、それはそれは素晴らしい資源の宝庫であるアフリカを我が物にしたいと、残酷な手段で侵略し始めた。

そればかりか、アメリカや南米などの地にアフリカ人たちを奴隷として送り込んだ。奴隷貿易だ。
彼らはアフリカ人たちの土地や資源を奪うだけでなく、人として生きる権利も奪ったのだ。

ペンサドールとはアンゴラの女性たちが

「絶対に奴隷にはなりたくない」

と強く拒否をしている姿。
私はこの姿にとても心を惹きつけられる。

15世紀頃、アンゴラの各地では小国が築かれ王国が成り立っていた。
その中にンジンガという女王がいたのだが、十数年に渡って侵略をしたポルトガルと戦っていた。

ポルトガルはンジンガ女王と和平交渉をする際に、女王を見下し対等の立場ではないと考えていた彼らは、彼女に椅子を用意しなかった。そのため、側近が椅子の代わりになって女王を座らせ対等の立場で交渉を行ったという。
最終的にはアンゴラは1648年にポルトガルに征服されてしまったのだが今でもンジンガ女王はアンゴラ人の必死の抵抗の象徴的存在でありコインにも彼女の顔が彫られている。
ペンサドールは命をかけて戦ったンジンガ女王の内面の姿に見えてならない。

アンゴラにはもう何度も来ているが、今回の旅で初めてアンゴラの「奴隷博物館」を訪れた。

象牙海岸一帯の西アフリカにも奴隷博物館があり、訪問した時は涙が止まらなかった。
その時のことはまた機会があればコラムでご紹介するとしよう。

 アンゴラの首都ルアンダから南へ約1時間。
美しい大西洋沿岸に当時、奴隷貿易で使われていた教会が今は博物館になっている。

奴隷貿易で使われていた教会は今は博物館

奴隷貿易で使われていた教会が今は博物館になっている

博物館の中には、当時奴隷たちに使われていた手かせや足かせやムチ、繰り広げられた残虐行為を表す絵や、狭い船内に鎖で繋がれたまま隙間なく配列された奴隷たちの様子などを見ることが出来る。人が人にすることとは思えないものばかりだ。その一方、当時を表す絵にはポルトガル総督の優雅な暮らしの様子も描かれており、何とも言えない気持ちになる。

狭い船内に鎖で繋がれたまま隙間なく配列された奴隷たちの様子

 

奴隷たちに使われていた手かせや足かせ

18世紀まで続いた奴隷貿易が終了すると、独立運動が高まるり、1961年2月4日から独立の父と呼ばれ英雄である初代大統領のネト氏の活躍により1975年11月11日にポルトガルから独立した。しかし、その後30年間、様々な反対勢力たちとの間で内戦が続いた。奴隷解放が行われ、独立してもなお、人々の暮らしは貧しくなかなか豊かにはなれない。

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