パンセクシュアル(全性愛)な私の恋愛概念

先日、テレビに出ておりました。

例の大雪の日でした。その日は大阪出張の予定でしたが、交通網が完全にストップし、キャンセルになりました。自宅でチルアウトしていると、テレビ局から電話を頂きました。これからとある人物がカミーユさんにお話をしたいそうなので、マリノアシティに来てくださいと言われました。で、行きました。すると知人の方が、イメチェンをして立っておられました。指示を受けて一緒に観覧車に乗り込むと、そこでその方から、異性を意識したお友達として僕を見てくださいと言われました。なので、それは無理だし、彼女がいると言ってお断りしました。

「お友達」なら分かりますが、「異性を意識したお友達」と言われると、私には分かりません。元より性別を意識することがとても苦手だからです。言うならば、人を好きになるときに、性別が国籍と同程度の意味しか持たないのです。

例えば自分の好みの人が目の前に三人いるとします。自分の好みと分かった後で、「この人はイギリス人、この人はフランス人、この人はロシア人」というように認識すると思います。そのように国籍を認識する前に、「自分の好み」だということが前提にあります。その後付けとして、国籍があります。私の場合、性別がそのような感じです。好みの人が目の前に三人いたとして、好みの人だと認識し後に、「この人は男性、この人は女性、この人はトランスジェンダー」とある訳です。私のような人を、パンセクシュアル(全性愛)といいます。男性と女性を好むバイセクシュアル(両性愛)とは異なります。性別という概念がそもそも無いです。

そして、ここでひとつ強調したいことがあります。パンセクシュアルの私は、恋愛対象はかなり広いのですが、実際のストライクゾーンは物凄く狭いです。極小です。性別の概念が無ということは、「かっこいい」とか「可愛い」とか「男らしい」とか、そういった魅力が通用しないということです。私が人を好きになるときのキーワードとしては、「知的」とか「ポテンシャルが高い」とか「ちょっとやばい」とか「中性的なセクシーさ」とかです。

そして、好きになる相手だけではなく、自分自身も、性別に拘っていません。だって、女性として魅力的なだけだと、すぐに飽きてしまうじゃないですか。なので常日頃、目標として、女性性を軽く超越し、人間としてセクシーで、知的で、ファニーでいられるようにと精進しているのであります。

 

※情報は2016.3.31時点のものです

カミーユ綾香

北九州市出身。在日韓国人と中国残留孤児の多く住む多国籍な街で育つ。 警固インターナショナルの代表として、十数言語による語学スクールとインバウンド支援の多言語ウェブサイト制作会社を運営する一方、難病の重症筋無力症とパンセクシュアルというセクシュアリティの当事者として、様々なマイノリティの生きやすい社会を目指して精力的に活動中。http://www.kego-international.com/

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