41歳で突然半身不随…「ICUの殺意」【病床ROCK尺】vol.3

vol.3 ICUの殺意

 倒れたときの嘔吐が原因で誤嚥(ごえん)性肺炎を起こしかけ、当分「絶飲食」との指示。腕は点滴に繋がれ、流動食も入っているので、生きるのに必要な水分と栄養は取りこまれてはいるのだが、ともかく喉が渇いて仕方がない状態。まだ、意識も鮮明ではありません。

 後から聞いた話では、聴覚から脳を刺激して意識を覚醒させようと、医師の指示で、ベッド周りにラジオを流していたそうだ。そのCMの影響か、炭酸系飲料、それもコーラが飲みたくてたまらなかった。カロリーもあるし、命の瀬戸際で飲みたくなるのも当然だ。

 ICUに入っていたのは約1週間。人がコーラを忘れようとしているときに、はす向かいのベッドに入院してきたのはコウラさん(漢字不明)という人だった。患者取り違え事件以来、病院ではいちいち患者の名前を呼んで確認することになっている。僕たち法曹関係者の作った流れだ。僕は日に何度も呼ばれるコウラさんの名前を聞きながら、コーラが飲みたいと涙ぐみ、患者の権利とは何かと呪った。

 この時期は、肺炎予防のための喉と鼻の吸引が苦しくて、気管に挿管されているチューブをマウスピース代わりに噛んで何とか耐えていた。チューブがなかったら口の中が血だらけだったかもしれない。このときばかりは、看護師さんたちが天使どころか悪魔に見えていた。

 聞くところによれば、意識状態が悪いと看護師さんたちによる処置を攻撃と誤解して、反撃に出たり、管を抜いたりする「ICU症候群」と呼ばれる患者も多いらしい。それから、コウラさんの管の何本かを外してしまえば、手っ取り早くこの苦しみから逃れられるかもと、悪魔が囁き始めた。そこまで歩けるかどうかもわからないのに。結局ICU症候群だったのかもしれない。

 

Profile

法坂一広(ほうさか いっこう)

福岡市を拠点に活動する弁護士、小説家。2011年に『弁護士探偵物語・天使の分け前』で第10回『このミステリーがすごい!』大賞の大賞を受賞。以降、弁護士探偵物語シリーズを執筆する。最新作は『ダーティ・ワーク』(幻冬舎文庫、2015年)。趣味はアビスパ観戦とトレイルランニング。西日本新聞社刊登山情報紙『のぼろ』でショートストーリーを連載中。

 

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※情報は2016.6.9時点のものです

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