福岡グルメ小説 “N氏の晩餐”/上川端町「丸万食堂」のオムライス

思えば憂鬱な一か月だった。

「株主総会」という名の一大行事を前にして、日ごろは呆けた顔をして日がな一日のんびりと椅子にふんぞり返っている上司たちが、事業報告書という名の言い訳状に一斉に赤ペンを走らせ、私たち部下の面々に鳥とも獣ともつかない金切り声を張りあげる・・・。

そんな珍妙で不可思議な日々も、昨日の市内某ホテルでのシャンシャン的な総会で終止符を打ち、同僚とともに安堵の乾杯をしていた午後六時。私のスマホが柔らかく揺れた。

液晶にはN氏からの着信を示す文字。

美食を愛する心の友・・・といっては大袈裟かもしれないが、数年前にひょんなことから知り合いになり、それ以来、損得抜き色恋抜きで食事に誘ってくれるダンディーでスマートなオジサマである。

いつもは夜なのに、今日は珍しくランチのお誘い。しかも待ち合わせ場所は川端商店街の南側のとっつき、櫛田神社西門の焼餅屋の前ときた。

待ち合わせ時間よりちょっと早く着いたので、博多川にかかる橋の欄干から、岸辺の柳の枝とともに微かに揺れ動いている水面を眺めていると、背後から聞きなれた柔らかい声がかかった。

そこから徒歩二十歩。その店の前に立った私の口をついて出た言葉は「えっ、このお店?」。まさに昭和にタイムスリップしたような佇まい。暖簾をくぐり、店内に入ると、まさにそこは昭和の食堂そのものであった。

 N氏の「いつもの二つ」の注文に、ドキドキしながら待つこと十五分。

目の前に現れたのは、真っ黄色のふっくらしたボディにつややかに光るケチャップをまとったオムライス。「威風堂々」「正真正銘」という四字熟語はこのためにあるのではないかと思わせるくらい、威風堂々としていて正真正銘のオムライスだ。

N氏はその黄金色のボディにまんべんなくケチャップを塗りたくり、おもむろに縦真っ二つにスプーンを入刀。そしてその細長くなった一塊を丁寧に一口大に区切り、口に含む。

私も遅れをとるまいと、同じようにして、最初の一片を口に含んだその瞬間。ふわっとした卵の感触のあとにその優しい甘みが広がり、追い打ちをかけるようにケチャップの甘さとほのかな酸味。

思わず声が出てしまう。

 「し・あ・わ・せ」

 「お愛想」という符牒がよく似合う昭和食堂をあとにして爽やかな風と共に去っていったN氏の眩しき後姿を見送り、幸せオムライスの余韻を感じながら、私は川向こうのオフィスに向かってゆっくりと一歩を踏み出した。

※情報は2016.6.18時点のものです

丸万食堂

住所福岡市博多区 上川端町 4-204

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AKASAKA BOY

謎のライター

1978年福岡市赤坂生まれ。福岡の街の魅力を小説形式で発信中☆

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