福岡グルメ小説“N氏の晩餐”/西中洲「藤よし」の季節の肴と焼とり

※「N氏の晩餐」バックナンバー⇒https://fanfunfukuoka.com/n_dinner/

「何で私たちがこんなことしないといけないのよぉ」

同期の祐子が雲一つない青空を見上げて嘆く。

焼けるような暑さの中、私たち二人は福岡タワー前の特設イベント会場にいた。

毎年恒例の夏祭り、企業協賛ブースに出展している取引先の応援に駆り出され、気温37度の炎天下にうちわ配りをする羽目に。焼けつく肌、滴り落ちる汗。そんな過酷な状況にも関わらず、私は涼やかな気分で淡々と任務をこなしていった。

理由は一つ。その日の夜、月に一度の“N氏の晩餐”が待っていたから。

予定どおり、夕方5時に地獄のうちわ配りから解放され、いったん帰宅して冷水のシャワーを浴びてから再び街へ出た。

今日のお店は西中洲。天神でも中洲でもなく、しっとりとした路地の両脇に雰囲気のある店が立ち並ぶ異空間。普段めったに行く機会はないが、今夜は究極のナビゲーターが一緒なので心強いことこの上ない。

七時五分前、「焼きとり、雑炊、季節の肴」と書かれた看板を横目に渋い佇まいの店の扉を開く。

一階は長いカウンター席と四人掛けのテーブルが並ぶ小上がり席。すでに満席状態で賑わっている。

入ってすぐの帳場でN氏の名を告げると、「二階へどうぞ」と案内される。階上には下駄箱があり、靴を脱いで上がると、こじんまりした掘り炬燵式のカウンターが目に入る。店主であろう、カウンターに立つ上品ながらもちょっと頑固そうな白髪の職人さんとN氏が朗らかに会話を交わしている。

N氏のお薦めに従って、アイルランドの黒ビール「ギネス」で乾杯。きめ細かい泡と香ばしい風味、それでいてさらっとした喉ごし。炎天下のうちわ配りでからからに乾いた体にすぅーっと染み込んでいく。

ビールの肴に注文した枝豆はその一端が切り取られている。N氏に尋ねると、こうすることで、見た目、味、食べやすさが一段と増すとのこと。老舗ならではのひと手間だ。

続いて供されたのは帆立の炙り刺し。焼きとりを味わう前に季節の肴を愉しむのがこの店の流儀だそう。一切れ口に入れると、帆立の甘みと旨味が口中に広がる。

ここで日本酒に切り替え、灘の銘酒・剣菱の冷や。

N氏いわく、日本酒の味が本当によくわかるのは冷や(いわゆる常温)かぬる燗。冷酒を味わうときは、外気に触れて酒の温度が次第に上がっていく中で、香りや旨味の変化を愉しむのだそう。日本酒って奥が深い。

いよいよ焼きとり。とり、バラ、ズリの定番に続いて、熟成されたタン串が登場。どっしりとした味わいの剣菱によく合う。取り皿にキャベツはなく、和がらしが添えられているのがこのお店流。洗練された空間で洗練されたお酒と料理。上質な時間を過ごしている満足感と安堵感に包まれる。これぞ老舗の醍醐味。

N氏とは、いつものようにお店の前で別れ。私は天神駅方面、N氏は中洲方面へ。

N氏は中洲のバーあたりで一杯飲んで帰るのだろうか。いつかバーのカウンターでN氏の薀蓄に耳を傾けながら、三角形のグラスに入ったカクテルでも飲みたいな…。そんな大人時間への憧れを抱きながら、私は日中の酷暑の余韻残る西中洲の路地を後にした。

 

※情報は2016.8.14時点のものです

藤よし

住所福岡市中央区西中洲9-6
TEL092-761-5692

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AKASAKA BOY

謎のライター

1978年福岡市赤坂生まれ。福岡の街の魅力を小説形式で発信中☆

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