福岡グルメ小説“N氏の晩餐”/新天町「飛うめ」で粋な昼酒

※「N氏の晩餐」バックナンバー⇒https://fanfunfukuoka.com/n_dinner/

地下鉄箱崎宮前駅の外に出ると筥崎宮の参道の左右にテントが立ち並び、店頭には器や置物をはじめ絵画、古書、古着など“年代物”という表現が相応しい品々が並んでいる。夜の放生会とはまた違った趣で新鮮な感じ。月に一度開かれるフリーマーケット「筥崎宮蚤の市・風の市場」の会場に私はいた。

同期の寛子から中途退社の話を聞いたのは今からちょうど3年前。趣味であり特技であった革細工の工房を糸島に開くという。同期の突然の「脱サラ宣言」に返す言葉を失ったのを昨日のことのように思い出す。

周囲の懸念も何のその。バッグ、財布、タブレットやスマートフォン用のケースなど色・大きさ・形をオーダーメイドで注文できるうえ、完成度が非常に高い寛子の仕事の評判はたちまち広まり、いまやインターネットを通じて国内外からの注文が引きも切らず、1年待ちの状況らしい。その寛子からフリーマーケットに出展するとの連絡があり、今日は早起きして出かけてきたというわけだ。

寛子の実家の屋根裏で眠っていたという、西洋アンティークの食器や置物は一目見てセンスと品質の良さが伺われた。品物を眺め入るお客さんの数も他のお店と比べて一段と多い。

綺麗なカットが入ったグラスがあったので、手に取っていくらなのか尋ねる。寛子はすぐさま新聞紙にくるんで紙袋に入れいいからいいからといって私に押し付けてくる。「気に入った人に持ってもらうのが一番いいんだから。今日は暑いなか来てくれてありがとね。」

自分はこの3年間何をしてきたんだろう…。そんな想いがふと頭をよぎる。寛子の朗らかな表情、自由奔放な笑顔がとても眩しかった。

せっかく地下鉄の一日乗車券を買ったから、と天神に寄ることにした。天神で働いていながらも、日ごろ足を運ぶことが少ない新天町へ。

小さいころ祖母に手を引かれて呉服屋さんや布団屋さんを回り、レストランでアイスクリームを食べておもちゃ屋さんで人形を買ってもらったのを思い出す。それらのお店はすべて姿を消しているがアーケードの活気は当時のままだ。

そんな感傷に浸りながら歩いていると、目の前のギャラリーからどこかで見たような風貌の男性が出てきた。目が合ってびっくり。月に一度の美食の友、通称“N氏”だった。

いつもは事前に待ち合わせの約束をするのに、今回はばったりだったから私の方はかなり動揺。一方のN氏は私と出会うのを予見していたかのように落ち着いた対応。もしよかったらと昼食に誘われ、もちろん応じる。

目の前にあった蕎麦屋さんの扉を開く。入ってすぐの所にレジがあり、N氏はそこに座っていた女将さんらしき人と一言二言挨拶を交わして、すぐ脇の階段を二階に上っていく。

ビールと板わさ、天だねを注文。実は“蕎麦屋で昼から一杯”というのに憧れていたのだ。思いがけなく実現して今日は本当にツイている…。そんなことを考えているうちに、ビールの小瓶と板わさ、海老天が3匹載った皿が運ばれてくる。小瓶というところがすごく粋。蕎麦屋さんは飲むところではなく味わい愉しむところ、という老舗のこだわり、メッセージなのだろう。

ビールの小瓶を半分ずつ飲んで喉を軽く潤したあとは日本酒の冷や、いわゆる常温を注文。品のいい銚子とお猪口に蕎麦味噌が添えられたお盆が運ばれてくる。蕎麦味噌を爪楊枝の先につけて舌の上にのせ、一舐めしたあと日本酒を口に運ぶ。甘めの味噌に辛口の日本酒が絶妙。昼酒最高!

そして、ざるを一枚ずつ注文。

N氏にならって、まずはつゆをつけずにひとすすり。蕎麦の香りが鼻を抜けてくる。続いて箸の先でそばをつまんで3センチ程度つゆに浸して一気にすすり込む。茹で立てならではの食感と喉ごし。濃い目のつゆが実によく合う。

勘定を終え、いつものようにきっちりと店の前で別れる。天神駅の方向に颯爽と去っていくN氏の後ろ姿を見送り、私は一つオトナの階段を上ったという高揚感と昼酒のほろ酔い加減に背中を押され、さきほどN氏が出てきたギャラリーに向けて一歩を踏み出した。

※情報は2016.8.15時点のものです

飛うめ

住所福岡市中央区天神2-7-141
TEL092-741-1274
URLhttp://www.shintencho.or.jp/tobiume/index.html

大きい地図で見る

AKASAKA BOY

謎のライター

1978年福岡市赤坂生まれ。福岡の街の魅力を小説形式で発信中☆

関連タグ

この記事もおすすめ