福岡グルメ小説“N氏の晩餐”/今泉「円(maru)」の秋尽くし

※「N氏の晩餐」バックナンバー⇒https://fanfunfukuoka.com/n_dinner/

見上げるとひつじ雲。

灼熱の夏を越えて、天神の空にも秋がやってきたんだと実感する。

思えば昨年の春、職場の歓送迎会の帰りに乗ったタクシーの中で“あの人”の手帳を拾ったのがすべての始まりだった。

それから月に一度の晩餐。

お店に出会い、人に出会い、季節に出会う。福岡の「飲」と「食」の文化。その懐の深さをまざまざと思い知らされてきた。

今日は今泉のお店をご指定。この一年半、同じ店に誘われたことは一度もない。“あの人”=N氏の馴染みのお店はこの街に無数にあるのだろうか。

国体道路に面した家電量販店と紳士服専門店の間の路地を入り、最初の路地を右に折れると、昭和のたたずまいのオレンジ色のビルが現れる。

階段を上ってすぐのところに今日のお店があった。ビルとは対照的なスタイリッシュな店構え。

靴を脱いで店内に入ると、カウンター8席と4人掛けの掘りごたつテーブルが2つ並ぶ落ち着いたお店。カウンターの上にはきれいに盛り付けされた大皿料理が並んでいる。

カウンターの中では「女将さん」と呼ぶのもためらわれるような、瑞々しい笑顔が印象的な女性が包丁を握っている。

常連さんがKちゃんと呼んでいるのを聞いて、私も勝手にKちゃんと呼ぶことにする。(心の中で)

ほどなくしてN氏登場。片手に提げているビニール袋をKちゃんに渡している。カウンターの上にガラスの鉢が置かれ、その鉢いっぱいに袋の中身が盛られる。

いまが旬のカボスだ。濃いグリーンが色鮮やかで実に美しい。

グラスビールで乾杯。

お通しは、カウンターの大皿から取り分けられたきんぴらごぼうと玉ねぎたっぷりのオムレツ。優しい味付けに思わず頬が緩む。

続いて北海道産のタコの刺身。噛めば噛むほど味がでる。

醤油に加えて塩を小皿に添えてくれてくるのが嬉しい。そして美味しい。

ここで、N氏は焼酎をボトルでオーダー。

出てきた焼酎は度数が20度の大分の麦焼酎。スマイルカットのカボスが添えられている。

N氏はグラスを手に取ると氷を八分目まで入れマドラーで丁寧に混ぜる、焼酎を注ぎ込み、さらに混ぜる。たちまちグラスの外側に霜がつく。そこにカボスを一気に搾る。

バーテンダー・N氏に促されて一口すすると、すがすがしいカボスの風味が口いっぱいに広がる。

大分麦焼酎とカボスのマリアージュ。まさに“大分ジンライム”だ。

そして真打ち登場とばかり登場したのは新秋刀魚の塩焼き。

背骨に沿って包丁が入れてあって身を取りやすいようにしている。細やかな気遣い。もちろんN氏が差し入れたカボスが添えてある。

パリッと焼けた皮とホクホクした身の間に香り豊かな脂が潜んでいて、ほろ苦いワタと一緒に口に運ぶと、もう言葉にならない…。

締めはナポリタンか焼きそばか、メニューをチラ見しながら思案している私の横でN氏とKちゃんが交わした会話。

「締めにオムライスお願いできる?」「いつものね。OK!」

焼酎のカボス割といい、オムライスといい、メニューにない世界で繰り広げられる、魅惑的でファンタスティックな世界。

「恐るべし、常連カウンターワールド!」

そんなことを思いながら、私はグラスの中の秋を一気に飲み干した。

※「N氏の晩餐」バックナンバー⇒https://fanfunfukuoka.com/n_dinner/

※情報は2016.9.17時点のものです

円(maru)

住所福岡市中央区今泉1丁目23−4
TEL092-726-7019

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AKASAKA BOY

謎のライター

1978年福岡市赤坂生まれ。福岡の街の魅力を小説形式で発信中☆

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