福岡グルメ小説“N氏の晩餐”/アートフェア初体験と中洲「Bar Higuchi」のモスコミュール

「アートフェアって何ですか?」

N氏からのお誘いを受けて、まず口をついて出たのがその言葉だった。

百聞は一見に如かず。

当日、会場となっているホテルのロビーでN氏と待ち合わせ、エレベーターで9階へと上がる。

ホテルの客室がギャラリーになってる!

ワンフロアの各客室に国内外から38のギャラリーが出展。壁だけでなく、ベッドの上や浴室にも作品が置かれている。同じホテルの客室なのに、部屋ごとの印象がまったく違っていてとても面白い。

よく見ると作品の横に値札が付いてて、展示されている作品はすべてその場で購入することができるようだ。アート作品というと「高価」というイメージがあったが、私でも手が届きそうな価格のものもたくさん並んでいる。

N氏と並んで廊下を歩いていると、気のよさそうなおじさんが手を振りながら、こちらに近づいてくる。

このアートフェアの実行委員長のMさん、とN氏から紹介される。Mさんご自身、けやき通りのギャラリーのオーナーなのだそう。

私が「ギャラリーって何だか敷居が高くて…。」と率直に話すと、Mさんは「7万円のコートは即決するのに、いざ3万円の版画を自分のものにしようとなると躊躇してしまう人はたくさんいます。見慣れるということが大事なんです。買っていただかなくても全く構いませんから、気軽にギャラリーに足を運んで欲しいですね。」と快活におっしゃる。まさにそうかもしれない。

さらにMさんが続ける。「多くの人が、アートは美術館や博物館で観るもの、と思い込んでいます。自分で手に入れた作品と一緒に暮らすことで、自分の感性と可能性がどれだけ広がるものか、もっともっと感じてほしいですね。」

うーん、自分の部屋にアートがあるなんて何だか素敵かも。アートに関する考え方が変わってきた。アートフェア初体験、すごくよかった。

気がつくと、窓の外がだいぶ暗くなり、博多の街に夜が訪れようとしていた。

今夜は8時に友人と待ち合わせて食事をする予定。そう伝えていたところ、N氏から食前酒でもいかがと粋なお誘い。もちろんOK。食前酒なんて初めてかも。

アートフェア会場のホテルから歩いて案内されたのは、中洲大通りに面したビルの1階の奥にある看板に「H」のイニシャルが刻まれたバーだった。

バーテンダースーツに身を包んだマスターがクールな笑顔で迎えてくれる。

N氏のチョイスで私はこの店の看板カクテル、モスコミュールをいただくことに。

N氏はジンのソーダ割りを注文。

「ジンは何になさいますか?」とマスター。「ボンベイ・サファイアで」とN氏。

渋い!渋すぎる会話!ウィスキーならともかく、ジンの銘柄を聞かれて、さらっと返すなんて私には到底無理だわ・・・。なんてどうでもいいことを考えているうちに、モスコミュール到着。

なんと丸のままの生姜がいっぱいに詰まった瓶が添えられている。長崎産の高級生姜を50度のウォッカに浸しているそう。見回すと店内の棚にこの瓶が無数に並んでいる。

一口すすると生姜の豊かな香りと慈味が口中に溢れ、甘い炭酸がはじけたあとは後味すっきり。これはクセになりそう。

N氏いわく、モスコミュールは20世紀半ばにアメリカで生まれたカクテルで、直訳すると「モスクワのラバ」。アメリカの開拓期に馬車の引手として利用された馬とロバの交雑種・ラバは後ろ足の蹴りが強く、「ラバに蹴飛ばされたように効いてくる、強いウォッカベースのカクテル」という意味でその名前がつけられたそう。

知れば知るほど面白い。そしてお酒が美味しくなる。

ボンベイ・サファイアは、18世紀当時のレシピと製法に基づき、20世紀末に生まれたイギリスのジン。植民地だったインドの地名が冠され、ラベルにはビクトリア女王の肖像と紋章、そしてサファイアをイメージさせるスタイリッシュなブルーの瓶が特徴、とN氏の解説が入る。

味、名前、瓶のデザインに込められた思いやドラマを感じる。

洋酒の生まれた風土や歴史を知りながら味わうカクテルはまた格別で、カウンターに座っていながらにして世界中を旅しているよう。

楽しい時間はあっという間に過ぎて、アペリティフタイム終了。

今度はウィスキーにも挑戦してみたいな・・・。そんなことを思いながら、私は水滴のついた銅製のマグカップを静かにコースターの上に置いた。

 

※情報は2016.9.23時点のものです

Bar Higuchi

住所福岡市 博多区中洲3丁目4−6
TEL092-271-6070
URLhttp://www.bar-higuchi.com/

大きい地図で見る

AKASAKA BOY

謎のライター

1978年福岡市赤坂生まれ。福岡の街の魅力を小説形式で発信中☆

関連タグ

この記事もおすすめ