グルメ小説“N氏の晩餐”in東京<前篇>/銀座「ビヤホールライオン銀座七丁目店」

「それなら案内役を紹介しましょうか?」

N氏の口からそんな言葉が飛び出したのは、8月も終わりに近づいたある日、月に一度の晩餐のカウンターでのこと。

その日の午後、上司から翌月の東京日帰り出張を命じられ、せっかくだからと有給休暇を一日くっつけて久々の東京を楽しんで帰ることにしたのはよいものの、不案内な東京の地で一人食べ歩きなんで心もとない。「東京の名店を巡りたいけどなかなか一人では・・・」と私が思わず口にしたときのことだった。

N氏のご紹介ならば渡りに船。ありがたくその申し出を受けることにした。

出張当日。

朝8時台の飛行機で福岡を発ち、取引先をいくつか回ったあと東京本社で会議や打ち合わせをこなし、すべての用件が終わったのは夕方6時を回っていた。

東京本社がある茅場町から日比谷線で銀座に出る。

地下から銀座四丁目交差点に上がると、「これぞ銀座」という風景が広がる。

街に漂う独特の雰囲気。「日本でこの場所だけ」と思わせるような高貴なオーラが漂っている。

中央通りを新橋方面へ。

5~6分でお目当てのビアホール「L」が見えてくる。

名前を告げると2階の個室に案内される。

清潔感あふれる二枚目の男性が立って出迎えてくれた。

この人こそがN氏ご推薦の東京グルメの案内役。イニシャルを取って“H氏”と命名。

年齢は私とあまり変わらない感じだが、何となくN氏に雰囲気が似ている。

挨拶もそこそこに、メニューをにらみながら中ジョッキにするか大ジョッキにするか悩んでいると、H氏が私の心を見透かしたかのようにこんなことを言う。

「このお店では注ぎたての美味しさを繰り返し味わえるように、グラスで注文するのがいいですよ」

私が「お詳しいですね」と言うと、H氏は爽やかな笑顔で「すべてNさんから教えていただきました」と返す。

このH氏、以前どこかで会ったような気がするのだが、思い出せない。N氏と過ごすときもそうだが、あまり個人的なことを訊くのもはばかられるので深入りはせず。ただ、N氏の薫陶を受けたということは私の“同志”それとも“兄弟子”か・・・。なんてどうでもいいことを思っているうちにビール登場。

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