福岡グルメ小説“N氏の晩餐”/薬院「むろや」の酒肴いろいろ

「日常のなかの非日常」というのは、こういう景色をいうのだろうか。

博多駅前の広場には、青く輝く雪の華が降りそそぎ、光の海に浮かぶブルーの木立が広がっていた。

あいにくの雨模様だというのにすごい人。

高揚感と淋しさが半々の、この季節ならではの不思議な思いを胸に、私はしばらくその景色に見とれていた。

今日は月に一度のN氏との晩餐の日。

ご指定のお店は薬院六ツ角近くの和食のお店。

木の看板と格子戸がしぶい店構え。まさに「大人の隠れ家」的なたたずまいに期待高まる。

靴を脱いで店内に入ると、7、8人座れるL字カウンターがあり、そのカウンターの真ん中に、N氏のピシッと伸びた背中が見える。

男は背中で語るのよね。

ひとりで勝手に納得して、N氏の左隣に腰を落ち着ける。

ビールで乾杯。口の広い薄手のグラスについた細かい霜をなでながら、贅沢な一杯目を味わう。

添えられているのは昆布の佃煮。優しい味に思わず頬が緩む。

外観同様、店の内部にも木の温もりがあふれていて、奥行きのあるカウンターと細かい細工が入った格子窓、そしてその手前の棚に配置された年代物の香炉や置物が、しっとりとした雰囲気を醸し出している。

前菜に “ちりめんじゃこ”と細かく砕かれたガーリックチップがのった冷奴。

濃厚な豆腐にじゃこの塩味、ガーリックの香ばしさ。その絶妙のバランスが素晴らしい。

さっそくビールから日本酒へ切り替える。

N氏がオーダーしたのは新潟の銘酒「〆張鶴」。

新潟のお酒は、水のような口あたり、さらっとした米の甘みと旨味、そしてきりっとした後味が特徴。まさに上質の米と水、職人の技術が織りなす技。という解説に納得。

カットの入った小ぶりのグラス、ガラスの受け皿がまた上品で、心地よいお酒の酔いと一緒に上質な時間を過ごしている嬉しさが体の隅々まで満ち溢れる。

つづいてお造り。季節感あふれる上品な盛り付けに、まずは目でしっかりと味わう。

中央に盛られた皮つきのイトヨリ鯛をひと口。もっちりとした食感のあと、濃厚な白身の味が口の中に広がり、日本酒に抜群に合う。

しめられた魚はやがて死後硬直が始まる、と同時に筋肉を動かすエネルギー源であるATP(アデノシン三リン酸)という物質が分解されて、イノシン酸になる。このイノシン酸というのが代表的な“旨味”成分の一つで、鰹節の旨味はその代表例。こうして魚の成分が分解されてイノシン酸が増えていくことがいわゆる「熟成」。ただし時間が経つとこのイノシン酸はさらに別の物質に分解されて、旨味が減り悪臭を放つようになる、これが「腐敗」。このお造りは、一日二日寝かせて「熟成」がピークになる頃合いを見計らって提供されたもの・・・。

というN氏の解説、というより講義を感心しながら聞き入る。たしかに考えてみると、煮たり焼いたり味付けしたり・・・たくさんの化学反応を駆使して美味しい料理が生まれている、ということを再認識して、「料理人はアーティストであり、サイエンティストである」ということを実感する。

次に出てきたのは、なんと鶏の一夜干し。

魚の一夜干しがあるんだから、鶏の一夜干しもあっていいはず。とはいえ食べるのは初めて。

一切れ口に運ぶや、まさに熟成肉の“旨味”全開。お酒と合わないわけがない。

これに合わせるのは、ジャパニーズウイスキーのシングルモルト「山崎」の水割り。

野球監督の腕の見せどころは「継投」にあり、とはよくいうけど、N氏の「継酒」、今日もまた冴えわたっている。

ウイスキーに合わせるのは卵焼き。つややかな断面。ひとくち口に含むと・・・

「あまーーーーーい」

スピードワゴン並みのリアクションになってしまうほど濃厚な甘さ。そして、焼き目の部分の香ばしさが絶妙のアクセントとなり、ウイスキーによく合う。

〆はご飯と味噌汁、お新香。これぞ和食の基本。一口ごとに体が喜んでいるのがわかる。

「今年中にもう一度お誘いはあるかしら・・・。」

私はそんな他愛のないことを考えながら、外の冷たい雨を微塵も感じさせない温かな空間に、そっと身を浸していた。

※取材コーディネート:有限会社フィールドワーク

 

 

※情報は2016.12.7時点のものです

むろや

住所福岡市中央区薬院2-14-29 2F
TEL092-732-0688
URLhttp://www.muroya0688.com/

大きい地図で見る

関連タグ

この記事もおすすめ