『真実の自分探し地獄』から解放されなさい

高校生の頃、映画【釣りバカ日誌】にエキストラ出演したことがありました。

そしてそのロケ地は北九州のスペースワールドでした。例のあの魚の氷漬けリンクの場所です。凍った魚の映像と西田敏行の笑顔が重なり、なんとも皮肉だなと思いましたが、そういえばあれ以来、遊園地には行ってないなあと思い至りました。

 

というのも、わたしは遊園地が苦手なのです。

例えば休日に遊園地で過ごせと言われると、ものすごい苦痛を感じます。代わりに独房にぶち込まれた方が幸せです。人が多いとか並ぶのが耐えられないとか色々と理由がありますが、とにかくそういう体質なのだから仕方ありません。

ではもし友人や恋人に一緒に行こうと誘われたとします。そういう場合、私はどうするのか。全力で断ります。断るとなると、友人はともかく恋人はむっとするでしょう。【デートで遊園地に行くのが夢だった】とかごねたりするでしょう。ではその場合、私はどうするのか。その子と別れるか、浮気相手と行けといいます。これが、遊園地に行きたがる恋人に対する私の回答です。

もし、恋人の為に無理やり遊園地に行ったとします。そうすると、私は始終作り笑いをせねばなりません。いやいや入場料を払い、行列に並ばねばなりません。どっと疲弊し、したくないことをした自分に辟易し、自己嫌悪に陥ります。そして自分をそういう状況に追いやった相手に対し、逆恨みをしてしまうかもしれません。

ではもし恋人が私の性質を理解し、お互い別の行動を取ったとします。恋人は遊園地を共有できる他の誰かと有意義な時間を過ごし、私は私の時間、例えば独房にぶち込まれたりヨガのレッスンに行ったりします。そのように別々の世界で楽しんだ後、合流したとします。すると私は、自分の世界を貫く相手を尊敬し、また、自分の世界を尊重してくれた相手に感謝します。愛情も増すだろうと思うのです。

 

人には多様な面があります。自分の持っているある一面を、特定の相手と共有できない場合、無理やりに相手を自分の一面に引きずりだすことは罪です。人の持つ多様な面は、それぞれの絶対不可侵領域であり、たとえ恋人同士で会っても、全てを共有したりすることは不可能だからです。

 

例えば、私の二つの面を比べてみます。

左の写真は、インバウンド事業を行う会社の代表として、ドラッグストアを視察していたときの私です。信頼している相手と戦略を練りながらの撮影で、商売人としての顔を剝き出しにしています。右の写真は、プライベートで友人と音楽を愛でる宴に向かう私です。週末の夜、浮かれ顔でどっぷり楽しみに行く途中です。

二つの写真は一日違いで撮られているので時間差はありませんが、顔つきはだいぶ違います。ですが両方とも、間違いなく私の本質の姿なのです。両方とも、私という人間を構成する大切な一面なのです。

 

このようなひとりの人間の多様な面は、分人(dividual)という言葉で表せます。分人とは、様々な人と接することで生まれる様々な自分のことです。私という人間は、商談相手とは話すときは起業家の私(分人)となり、音楽仲間と話すときは音楽を堪能する私(分人)となります。分人は接する人の数だけあり、また独りのときは独りのときの分人もあり、その全ての分人が真実に私という人間なのです。

 

複数のマイノリティ社会で生きる私にとっては、付き合う相手や世界によって自分が変わることはごく自然なことでした。これからはマイノリティだけではなく、マジョリティ社会も複雑化します。複雑な世界において、真実の自分とか、裏表の二元論とか、そういう単純な考えで自身の存在を説くのは難しいと思うのです。多様化する自分を受け入れられず、既に多くの人が【真実の自分探し地獄】に嵌っているような気がします。ひとつの真実の自分なんてないのです。全て真実だからです。全部私で、全部あなたです。ネット上の自分と会社内の自分が別人のようだったとして、そこに罪悪感を抱く必要はありません。その分、他者との関係で複数の世界が拓けているだけです。寧ろ素晴らしいことです。開き直って、様々な社会に様々な分人を抱いていればいいのです。一個の自分(分人)が失敗したって、他の自分(分人)があれば生きていけます。転ばぬ先の杖は、多くても困ることはないのですから。

 

※分人主義について

講談社現代新書【私とは何か】

平野啓一郎

 

※情報は2016.12.17時点のものです

カミーユ綾香

北九州市出身。在日韓国人と中国残留孤児の多く住む多国籍な街で育つ。 警固インターナショナルの代表として、十数言語による語学スクールとインバウンド支援の多言語ウェブサイト制作会社を運営する一方、難病の重症筋無力症とパンセクシュアルというセクシュアリティの当事者として、様々なマイノリティの生きやすい社会を目指して精力的に活動中。http://www.kego-international.com/

この記事もおすすめ