日常で起こる些細だけど不快なことに出合ったら・・・

深夜、ランニングしようと公園へ向かっていたときです。

公園付近の狭い路地に、タクシーが止まっていました。深夜の暗い路地の、大樹の重い枝の影に隠れるようにして停車しているタクシーは、激しく縦揺れしています。それを見た私は、もしかしてカーセックスしているのかなと思いました。そうなると近くを通って邪魔するのも申し訳ないので、引き返そうかなと逡巡しました。と、突然、車内から野球帽の爺さんが転がり落ちました。カーセックスと思っていたら、野球帽の爺さんだったのです。私は心底驚きました。しかも驚きはこれだけではありません。爺さんの野球帽は、なんと、福岡ダイエーホークス(FDH)のものでした。黄色のソフトバンクではなく、橙色のダイエーでした。二重の驚きに、私の心臓は止まるかと思いました。

ダイエーの爺さんが転がり落ちると、タクシーはそのまま急発進し去っていきました。残されたのは、私とダイエーの爺さん二人です。爺さんは立ち上がり、私の方へ近づいて来ました。そして暴力的な大声でこう言ったのです。【お前!ここはどこか!】と。

私は、呼吸を整えました。そして爺さんの真正面を向きました。爺さんは態度のわりには身体は小さく、向き合うと私の目線の先にはちょうど野球帽がありました。私は無言で、野球帽のFDHの文字を見つめました。密教の阿字観のように見つめました。FDHの文字から光が発し、三世十方法界の諸仏の浄土を照らすさまを想像しました。じっとりと凝視し、距離を詰めました。すると野球帽の爺さんは、不気味がって後ずさりしました。それはそうでしょう。私は空海になりきっていましたから。結局、そのまま一分ほどの無言の対峙ののち、爺さんは踵を返し、公園内部へと消えていったのでございます。

 

日常で起こる些細だけど不快なこと。

関わりたくないから避けようと思っても、突然向こうからもたらされるもの。避けようがありません。それに相手が肉体的・社会的・精神的に優位だと、やはり恐怖心が起こります。勝気の私でも、深夜にダイエーの爺さんに怒鳴られたら、恐怖します。そういう恐怖や不快を投げつけられたとき、泣き寝入りしてやり過ごしたあとの胸のわだかまりは不快なものです。意地悪する加害者だけではなく、意地悪される被害者も人間です。意地悪されたときのわだかまりは、自分では忘れるつもりであっても、いつも忘れられるほど人は強くありません。わだかまりの不快な感情を、第三者にぶつけてしまうこともあります。消化不良を起こしたその感情を、恋人や家族など許してくれる人、自分より弱い立場の人に八つ当たりしてしまうのです。意地悪の被害者から、加害者に堕落してしまうのです。

 

誰かと苦しみを分かち合うというような理想が通ればいいですが、分かち合うつもりが「お前に何が分かる!」という喧嘩で終わることも多いです。そしてまた自己嫌悪に陥ってしまいます。ではどうすればいいのか。やはり、感情を自己処理することです。そして自己処理をするときに他人を巻き込まないことです。ということはつまり、当事者同士で対峙することがどうしても必要なのです。

 

対峙と言っても、決して無理する必要はありません。何も言わなくてもいいのです。下を向いて逃げようとする前のほんの数秒でいいので、ただ黙って相手を見つめてみてください。パワハラや痴漢、しつこいナンパ、つまり、不快だと心が叫んだ時、それをもたらした相手を正義の目で射貫いてみてください。すると、たまに革命が起きます。自分が大きくなり、相手が小さくなります。数秒のちょっとの行為ですが、試してみてはいかがでしょうか。自己嫌悪とはさよならして、愛する人に八つ当たりをしない、新たな世界が広がるかもしれません。

※情報は2016.12.26時点のものです

カミーユ綾香

北九州市出身。在日韓国人と中国残留孤児の多く住む多国籍な街で育つ。 警固インターナショナルの代表として、十数言語による語学スクールとインバウンド支援の多言語ウェブサイト制作会社を運営する一方、難病の重症筋無力症とパンセクシュアルというセクシュアリティの当事者として、様々なマイノリティの生きやすい社会を目指して精力的に活動中。http://www.kego-international.com/

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