九州紀行小説 “Q子の休日” vol.6/関門エリア・下関編「金子みすゞと歩く道」

唐戸港近くにそびえ立つ大正時代のレトロビル。その威容を見上げながらフリーライターのボーイフレンド・ミツグくんとたたずんでいたとき、その建物の脇に立つ小さな案内板が目に留まった。

「みすゞ詩(うた)の小径(こみち)」

と書いてある。

どこかで聞いたような名前だなあ・・・と思いを巡らせていると、隣に立っていたミツグくんが優しく教えてくれる。

「金子みすゞ。大正から昭和にかけて活躍した詩人で、2011年3月の東日本大震災の直後にテレビで頻繁に流れて話題になったACのCM、“こだまでしょうか”の作者だよ」

それを聞いて納得。下関にゆかりがある人だったんだ・・・。とちょっとびっくり。

案内板によると、日本海側にある仙崎という町で生まれ育った金子みすゞは、20歳のときに下関に移ってきて、ここ唐戸にあった書店に住み込みで働くことになった。この界隈のみすゞゆかりの場所に合計10か所の詩碑が建てられていて、みすゞの詩に思いを馳せながら、街を散策することができるそうだ。

一つ目の詩は「障子」。声に出して読んでみると、その想像力の大きさと透明感のある言葉に、なんだか心が洗われるような気持ちになる。

詩碑をたどって歩いていくと、金子みすゞの顕彰碑が設置された公園に行きついた。

詩の創作をはじめたのはちょうど下関に移り住んだ20歳の頃。その才能はあっという間に世間に知られ、若き童謡詩人の巨星として注目されながらも健康や家庭環境に恵まれず26歳の若さで他界。

決して平穏な人生ではなかったのだろう。でも詩を創作しているときが、彼女にとっての唯一の救いだったのかもしれない。彼女が遺した詩を読みながらそんなことを思った。

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