ラーメンマン哲学と眼球指輪について

時折、ラーメンマンのことを考えます。

キン肉マンに出てくる、あのラーメンマンです。モヒカンで額に【中】と書いてある、例のラーメンマンです。あるとき、ラーメンマンは瀕死の重傷を負います。命からがら神聖な山に逃げ込むのですが、そこで彼はパワーアップし、なんと、モンゴルマンとなるのです。

これがこの数年、私の頭にこびりついている問題です。ラーメンマンは、中国と推察できます。それがパワーアップし、モンゴルになるのです。一体、どういうことでしょうか。中国がパワーアップしてモンゴルになる・・・ここには作者ゆでたまご先生の深淵な哲学がある筈なのです。その哲学に何とか触れたいと思い、私も日々、哲学するのです。

 

その日も、ラーメンマン哲学に耽っていました。

すると、友人から呼び出しのメールが。ちょうどラーメンマンを哲学し過ぎて疲れていたので、息抜きがてら友人と喋ろうと思い、カフェに向かいました。

友人は、私と落ち合うとすぐに話を始めました。話の内容は、耐えられないくらい面白くないもので、これは身体に悪いんじゃないかというくらい面白くない話でした。確か恋人と喧嘩したとか別れとかそういう内容だったと思うのですが、面白くなさ過ぎて脳が停止したのでよく覚えていません。私は、あまりに退屈なのでなにか面白いことをしてやろうと思いました。だからと言って、経験上、感情的な女性にラーメンマン哲学を持ち出すと激怒することは分っていいます。ふとうつむくと、手元の指輪が目に入りました。一風変わった指輪で、眼球の形をしています。ガラス製で、とてもリアルな眼球です。

眼球指輪を見て、これだ!と閃きました。私は鞄からおもむろに目薬を取り出しました。友人の話に、【そうだね、酷い男だね】などと真剣な様子で相槌を打ちながら、右目、左目、と目薬をさし、最後に、眼球の指輪にも目薬をさしました。指輪に目薬をさし終わり、完全に決まった!と確信しました。眼球指輪に目薬なんて、最高に面白いはずです。自信満々で友人の顔を見上げました。すると、あろうことか、友人は私のこの渾身の眼球ジョークを無視したのです。

 

このときの苦い経験は、今もトラウマとして私の心に残っています。

友人は、何故無視したのでしょうか。面白くないから意図的に無視したのでしょうか。自分の話に夢中で私の目薬が見えなかったのでしょうか。色々考えたのですが、多分タイミングの問題だと思うのです。自分の話に夢中になり過ぎて、視野が狭くなり、目前で行われている神懸った眼球ジョークが見えなかったのです。

 

源実朝の歌に、

【行きてみむと 思ひしほどに 散りにけり あやなの花や 風立たぬまに】

とあります。【見に行こうと思っているうちに、あやなの花は散ってしまった。風もたたぬうちに、散ってしまった。】という意です。昔から好きな歌で、この歌を思い出すたびに、タイミングを逃さぬようにせねばと思い、生きてきました。ですが逃してしまうこともあります。油断したり、傲慢になったり、些事に捉われたり。そうすると視野がどんどん暗くなって、タイミングを逃してしまうのです。あとでそのことに気付いても、眼球ジョークのようにリピート出来るものもあれば、そうじゃないものもあります。取り戻せないものに関しては、今世は諦めて、来世を待つしか術はありません。

 

ラーメンマン哲学すると、夢中になり視野が狭くなりがちですが、この友人のように絶好のタイミングを逃すことのないようにせねばと思います。

 

皆さまも、ゆめゆめ、油断なさらぬよう。

※情報は2017.2.22時点のものです

カミーユ綾香

北九州市出身。在日韓国人と中国残留孤児の多く住む多国籍な街で育つ。 警固インターナショナルの代表として、十数言語による語学スクールとインバウンド支援の多言語ウェブサイト制作会社を運営する一方、難病の重症筋無力症とパンセクシュアルというセクシュアリティの当事者として、様々なマイノリティの生きやすい社会を目指して精力的に活動中。http://www.kego-international.com/

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