【灰塚鮎子】祖母の死から学んだ死を見据え生きていく 今を、精いっぱい

94歳の祖母が亡くなった。美しく化粧し、棺にあふれる色とりどりのかぐわしき花に彩られた祖母。火葬場から出てきたのは焼かれた後の残り香と無彩色の白骨と灰。色も形もない真の死であった。

祖母が亡くなる前、幼少期から暮らした祖父の死があった。養老施設より家で過ごしたいという祖父の願いで自宅での介護となった。しかし排せつのコントロールが難しくなった祖父の汚物が付着した下着を洗う母、度々夜中に病院へ駆け込む父の姿に、終わりが見えない中で続く介護の現実を知った。家族である祖父が逝ったとき、悼む思いの他にさまざまな感情が交錯したことを覚えている。

一方、祖母とは純粋に死と向き合えた。遺骨を前に「なぜ人は死を恐れるのか」と考えた。それは自身の存在を含め一生をかけ手に入れたすべてを失い、その先が未知だからだろう。事実、築き上げたものを何一つ持たず、祖母は旅立ち、その先は誰にもわからない。

役割を全うした祖母が最後に伝えたのは「人生とは、死への旅路」であり、この瞬間も、私たちは死に向かっているということ。そして私は「死ぬために生きているのではなく、生きるために、死に向き合わねばならない」ということだ。

死は身体という存在、見えるものすべてを亡き者にする。しかし思い出は心深くに根を張り、祖父母は私の心で永遠に生き続ける。死は私たちを分かつことはできない。だがそれも他人ごとで私自身が死に直面したとき、誰かの記憶に残るだけでは飽き足らず、生きたいと渇望するのだろうか。誰も死を葬ることができないなら私は死を見据え、今を精いっぱい生きたい。生と死は隣りあわせなのだ。

from西日本新聞「わたし活性化計画」面

 

 

このコラムを掲載するにあたり「死が存在やかたちを奪うというのは、ある意味周知の事実ではないか?」という問いをいただきました。

しかし、流される日々の中で、その誰もが知る当たり前のことが、忘れさられている気がするのです。

人はいつも美や若さ、異性、名誉や富、物や権力を求め競争し、人と比べて優越感や劣等感を抱き、時に人を蔑み、またある時には人に貶められ、日々葛藤を繰りかえしています。

平家物語の祇園精舎やいろは歌は、無常で儚き世を情感豊かに伝え、人の常の愚かさを伝えています。

この世で得たものを永遠に持ち続けることは叶わず、すべて無に帰す、移ろい消えゆく人生の中で無味なものを追い求めることのむなしさを語っているのです。

あえて誰もが知る「死」をテーマにすることによって、現代に生きる私たちが真に「生きる」とはどういうことなのか、問い直すきっかけとなれたら幸いです。

このことをいつも心に留めて置けたらなら、刹那的に生きるのではなく、誇り高く美しい人生を歩めるのではないかと思っています。

※情報は2014.5.10時点のものです

灰塚 鮎子

経営者。新潮社、雑誌編集を経て、株式会社Elephant設立。企業向けカウンセリングサービス「HARDIAL」を展開し、組織コンサルティングを提供している。ウェブサイトFan Fun FUKUOKAにて詩「something special」を連載中。

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