日本神話×沖ノ島展(8)-古代から続く人と犬の絆

九州国立博物館で開催中の特別展「宗像・沖ノ島と大和朝廷」も、いよいよ会期が残すところわずかとなりました。3月5日(日)までです!

まだまだ間に合いますので、ぜひ太宰府へお越しください!

さてさて、シリーズ「日本神話×沖ノ島展」も、とうとう最終回になりました。

今回のエピソードは「古代の忠犬」です。

時は587年、蘇我馬子(そがのうまこ)率いる蘇我氏との戦いで物部氏(もののべし)は敗北しました。

物部氏の長、物部守屋(もののべのもりや)の家臣であった捕鳥部万(ととりべのよろず)は、果敢に戦いましたが敵に追い詰められて自決します。

そこに万が飼っていた白犬があらわれて…。

蘇我氏(そがし)と物部氏(もののべし)の戦(いくさ)に敗れた捕烏部万(ととりべのよろず)は、敵方の兵士に追われていた。

追い詰められた万は、川のほとりで小刀を首に刺して自決した。

兵士が万の亡骸(なきがら)に近づくと、雷鳴が轟(とどろ)き大雨が降り、万が飼っていた白犬が飛び出してきた。白犬は万の亡骸のまわりをぐるぐると回り、天に向かって吼(ほ)えた。やがて、白犬は万の頭をくわえて、古い墓に納めた。

白犬は万の傍を離れず、ついに飢え死にしてしまった。

哀れに思った朝廷は、万の一族に命じて墓をつくらせ、万と白犬を葬(ほうむ)った。

『日本書紀』巻第二一より


死んだ主人を命がけで守り抜いた忠犬

古代から変わらない、犬と人との強い絆を感じるエピソードですね。

犬と人とが共に暮らした歴史は長く、日本列島では縄文時代からその痕跡が見られます。

古墳時代にももちろん、犬は人々の生活にとって大事な存在でした。

作品No.77 犬形埴輪 大阪・昼神車塚古墳
古墳時代・6世紀 高槻市教育委員会

作品No.77 犬形埴輪 大阪・昼神車塚古墳
古墳時代・6世紀 高槻市教育委員会

ぴんと立った、くるりと巻いた尻尾和犬の特徴をよく表した埴輪です。

しかもこの犬が首輪をしているのがわかりますか?首の後ろの結び目がかわいいですね。

さらに、その口元にご注目

縦に入っている線はをむき出して「ウ~ッ」とうなっている様子を表現しています。

実はこの埴輪の犬たちは、古墳が作られた時に配置されていた位置関係が判明しています。

二頭の犬が間に一頭のを挟んで配置され、古墳の上に猪狩りの場面が再現されていたのだそうです。

古墳時代の人々は、まるで現代のフィギュアのように、複数の埴輪を組み合わせて情景を作っていたのですね!

獲物を追い詰めて興奮する犬たち。迫力に満ちた狩りの場面の再現は、古墳時代の人々にとっての狩りの重要性と、狩りに欠かせない存在である犬の大切さを示しています。

共に生活するパートナーとして、仕事の相棒として、古墳時代の人々にとっても犬は大切な動物だったのですね。

さて、シリーズでご紹介してきました「日本神話×沖ノ島展」、お楽しみ頂けましたでしょうか?

気になる展示品が見つかった方は、ぜひ展示室で実物をご覧下さい!

特別展「宗像・沖ノ島と大和朝廷」では、国宝・重要文化財を含む全160件の展示品を大公開中です。

1500年もの時をこえたものたちと対面する時、きっとあなたの心に残るものが見つかると思います。

ぜひぜひ九州国立博物館へお越しください!!

特別展「宗像・沖ノ島と大和朝廷」は3月5日(日)まで!お見逃しなく!!

【日本神話×沖ノ島展 (全8回シリーズ)

1.二人の神様が『矛』で海をかき回し日本を産んだ

2.死者は黄泉の国でも食事をする

3.神まつりには清らかな水が不可欠

4.御神酒のはじまり

5.「古代の神宝」不思議な刀子の話

6.埴輪の誕生と変化

7.埴輪に変わった赤馬の話

 

※情報は2017.3.2時点のものです

九州国立博物館

住所福岡県太宰府市石坂4-7-2
TEL050-5542-8600(NTTハローダイヤル)
URLhttp://www.kyuhaku.jp/

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