【久保 巴】目に映る世界は自分がつくり出したもの 成すべきことをするだけ

この世をばわが世とぞ思ふ望月の欠けたることもなしと思えば  藤原道長

九州国立博物館で近衛家の国宝展が開催されている。目玉となっているのが、世界最古の自筆日記として世界記憶遺産に登録された藤原道長の日記だ。この和歌は道長の代表的な歌で、展覧会でも入り口を飾っている。

娘たちを嫁がせることで天皇家とつながり、その力で政界を牛耳ることに成功した道長。その全盛期に、道長が自身の権力を満月に例え、「この世の全てに自分の力が及んでいる」と詠んだとされているのがこの和歌。この歌に私は、言いようのない物悲しさを感じていた。

道長が眺めていた月もこのように輝いていたのだろうか…

道長が眺めていた月もこのように輝いていたのだろうか…

傲慢で自意識過剰な私は、まるで全て自分の力だけでやってきたかのように思っていた。人をねたみ、うらやむ気持ちにまみれ、そうなったのは周囲のせいだと責任転嫁していた。人からどう見えているのかばかり気にして、心を閉ざしていた自分に気付いたとき、一見傲慢なこの歌に、「誰がどうとらえるか」ということに一切こびていない、すがすがしさを感じた。道長は、自分の心にとても素直な人だったのかもしれないな、と。

自分の目に映る世界は自分がつくり出していると気付けば、実はこの世は思い通りの世界になっていると分かる。道長は知っていたんじゃないのかな。目に見える月がどんなに満ち欠けようと、月はいつでも丸いということを。栄枯盛衰に見えたとしても、月が丸いことが変わらないように、自分は成すべきことをするだけだということを。そんな道長に憧れる気持ちを、返歌に。

統べらずが即ち統べると知るならば今こそ満ちて欠けぬと知るなり

久保巴

from西日本新聞「わたし活性化計画」面

※情報は2014.5.24時点のものです

久保 巴

1982年生まれ。山口県出身。元介護士。古典、歴史好きが高じて趣味で短歌を詠む。全くの我流。ウェブサイトFan Fun Fukuokaでも、短歌を詠みながらコラム掲載中。返歌とか来たらどうしようかとワクワクしている。

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