平安と現代、リーダー育成の極意を見る

この日本で、千年以上の長きにわたってリーダーを輩出し続けた奇跡の家系がある。

近衛家である。645年、中大兄皇子(後の天智天皇)とともに大化の改新と呼ばれる古代政治史上の一大改革を成し遂げた中臣(藤原)鎌足を始祖とし、平安時代には道長が「この世をばわが世とぞ思う望月のかけたることもなしと思えば」と歌うほどの栄華を誇った。

その後、五摂家と呼ばれる近衛、九条、二条、一条、鷹司に分かれてからも摂政関白を出し続け、昭和には、近衛文麿が内閣総理大臣を務めた。1993年、日本新党を率いて第79代総理大臣となった細川護熙氏は文麿の孫に当たる。

藤原家や近衛家がトップの座に居続けたのは、言うまでもなく家柄や皇室との縁戚関係が大きい。しかし、それだけが理由ではなかったと指摘する研究者もいる。近衛家にはリーダーを生むささやかな秘訣があったというのだ。

それが、ユネスコの世界記憶遺産に登録された道長の「御堂関白記」と聞き、九州国立博物館で開催中の「近衛家の国宝」展に出かけた。平安時代とはいえ、時の最高権力者の日記となれば興味深い。保存状態もよく、大事にされてきたことが一目で見て取れた。

だが、日記には、家訓や、リーダーたる者、こうあるべしといったことは書かれていなかった。平安と言えば、暦や占術の基となる陰陽道が行動を縛っていた時代である。政務も儀式も先例通りに行うことが重んじられていた。当時の公家社会では、そうした儀式などの知識の有無で政治力が決まっていたようで、日記には主に朝議や儀式の運びなどが記されていた。

この日記の持つ意味について、近衛家の文物を保存・研究する京都・陽明文庫の名和修文庫長の説明は明快だ。

「後世の歴代は先祖の記した記録をよりどころに政務を全うし、また日録を記した。そうやって長年にわたって摂関家としての権威と面目を保っていくことができた」

実際に日記を読むと、名和氏の説明が実感できる。九州国立博物館に展示されている寛仁2年の巻には、道長の外孫の後一条天皇元服の模様が詳述されている。普段は簡単な記述が多い道長だが、元服加冠の大役を務め、記録にとどめねばと思ったのだろう。紙の裏面にまでびっしりと字を連ねていた。おかげで子子孫孫は、天皇の元服の方法を容易に知ることができ、同じ役を受けるとき、大きなアドバンテージになったに違いない。

情報が力の源泉になり、ルールを熟知した者がゲームを有利に進めるのは古今東西、変わらない。

九州のある地方政界に、絶対的な力をもつドンがいた。市議出身の保守系県議で、この人抜きに県政は語れないほどだった。どうやって力を蓄えたのか、同じ市議会から県議へ転身した革新系の議員に聞くと「あの人は市議会に初当選した時からすごかった」。もう半世紀も昔、「その筋の大物もいた中で、民主主義や議会運営のルールを武器に、あっという間に従えてしまった」というのだ。事前に議会や行政の仕組みを勉強していたのだろう。「声が大きくても当選回数が多くても関係ない。ルールはこうなっていると言われると、だれも反論できんかった」

周りが無知だと、知識を持つ者が圧倒的に強い。世にリーダー論はあふれているが、いつの世も基本は軽視されがちで、不勉強な人は少なくないようだ。とはいえ、今の情報社会、それだけではリーダー足りえない気もする。

2013年、国際社会で活躍するリーダーの養成を掲げる世界的な教育拠点が日本に開設された。京都大学大学院総合生存学館(通称・思修館)である。限られた分野の知識だけでは、複雑化する一方の課題の解決は難しいとし、それに対応する人材の育成を目指している。

この大学院の池田裕一教授に誘われ、学内を歩いた。池田氏の専門は物理学、計算科学などで、日本人学生にも英語で教えているという。

多くの教授を紹介していただいたので、それぞれ専門を尋ねると、医学、教育政策、文化政策、資源エネルギー政策、国際協力、開発協力、NGO連携と実に多彩だった。文系とか理系とか、従来の枠組みに収まらない陣容だ。

ほかにも憲法や立法学、哲学、有機化学、史学、異文化コミュニケーション、資産運用、地球環境学、沿岸海洋学、水資源工学、人工知能、リスクマネジメントなどの教授がいるそうだ。「総合」をキーワードとし、狭い専門分野にとらわれない思修館の性格を物語っている。

ランチをともにした学館長の川井秀一教授は森林学や文化財学などが専門だとか。館内の別室に分厚い杉板を使ったテーブルがあったのだが、その裏面に細い溝が多数彫り込まれていた。川井氏の研究から生まれたもので、杉は窒素酸化物をよく吸着するため、溝を彫って空気に触れる面積を増やすと空気清浄器のように室内の空気を浄化してくれるという。あの正倉院の校倉の材も「調湿だけでなく、空気の浄化の役割を果たしていたんです」と話が弾んだ。川井氏はこの研究を進めるうち、門外漢だった文化財の分野まで知見が広がっていったそうだ。

思修館は、まさに、こうした知を統(す)べて新たな展望を見出す能力を養おうとしている。

制度面では、合宿型の研修施設に寝泊まりする学寮制を敷き、教員らと議論を深める場にしている。海外研修や実践は必須で、何を学ぶかは個々の要望に基づき、テーラーメイド型の個別指導を行う…。

話に耳を傾けながら、英国のオックスフォード大学のシステムを思い起こした。「イギリスの大学・ ニッポンの大学」(刈谷剛彦著、中央公論新社)を読んでの知識にすぎないが、かの地にはカレッジと呼ばれる学寮があり、個別指導中心のチュートリアル教育を行っている。大学ランキング世界2位の名門で、思修館はその仕組みによく似ているなとの印象を抱いた。

もう一つ、地理学者の川喜田二郎氏(1920-2009)が提唱した「KJ法」を思い起こした。アイデアやデータを総合・分析して新たな発想を生み出す手法で、今でも企業で活用されている。

高校時代に読んだ川喜田氏の「発想法」(中公新書)を思い起こすと、一見、無価値と思えるものでも、別の何かとつながると突然、意味をもつことがあるといったことが書かれていた記憶がある。

KJ法は正規の研修会社もあるため、この稿では具体的なやり方は省略する。ただ、思修館の教育は、膨大な知識の総合と分析を繰り返し、問題解決につなげる点で、KJ法に通じるものがあると感じた。

これによって学生が身につけるのは、技能や行動様式を自らアップデートしていく術かもしれない。企業や団体のリーダーに指導教官はおらず、平安の世と異なり、手本となる先例がないことも多い。自らを、時代の最先端に置き続ける力が不可欠なのだ。

リーダーの育成が急務と認識されたのは、2011年3月の東日本大震災と原発事故だった。

震災発生の直後、全体を見渡して判断すべき立場の総理大臣が「理系の大学の出身で原発に詳しい」と意気込み、事故対応に追われる原発に出向くなどしたことが適切だったか疑問の声が出た。後に、一連の政府の判断がどうだったか国会や司法が検証し、多くの問題点が指摘された。

千年に一度といわれる災害で、だれがリーダーでも対応は難しかったと思われる。将来、同様の危機に直面したとき、適切な行動をとれる保証もない。

だからこそ、立ち向かわねばならないー京都大学はそう考えたようだ。

道長は日記の表紙の見返りに「この日記は見せるものではない。早々に破り捨てよ」という旨、書いている。道長が珍しく、子や孫に自分の足で歩めと教訓を垂れているようにも読める。

思修館の根底にある思想は、ひょっとしたらこれと同じものかもしれない。学館長の川井氏は、リーダーたらんと欲す者の要件として、たった一つ「確固たる将来への信念と展望を持つこと」を挙げた。自ら道を切り開く、その姿勢を求めている。

 (西日本新聞社 企画事業局次長 都留 正伸)

※情報は2014.6.2時点のものです

近衞家の国宝 京都・陽明文庫展

住所太宰府市石坂4-7-2
TEL050-5542-8600(NTTハローダイヤル)
URLhttp://konoeke.jp/
その他
  • 平成26年(2014年)4月15日(火)~6月8日(日)
  • 毎週月曜休館
  • 一 般1,500円(1,300円)
  • 高大生1,000円(800円)
  • 小中生 600円(400円)( )内は団体料金(20名以上の場合)

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