【灰塚鮎子】花開き人は褒めそやすが生きた分だけ価値はある 風に動じぬ樹木に思った

事務所の窓から見える高さ5メートルほどのセンダンの木。ある日、この木の枝じゅうにおうち色とよばれる淡い紫色の花が咲いた。なんと見事な花だろう、と気にも留めなかったこの木に興味を持ちはじめた。

 

そしてこれは人生と同じだとも思った。新緑のセンダンのように、人は普通の人に目を向けない。その人が花開くように成功してはじめて、口々に褒めそやす。しかし、華やかな結果を出さなければ人は評価に値しないのだろうか?

センダンの花

センダンの花

先日京都で料亭のおかみに「京都では売上高で企業を評価しません。企業の存続年数で価値をはかります」と聞いた。それはいいときも悪いときも乗り越えた証しを重んじるということだ。

 

カウンセリングでも普通の人が人生を歩む中で身につけた年輪というべき知恵を垣間見る瞬間がある。経験を積み重ねることにも深い意味があり、売上高や成功のような分かりやすい成果以上に、生きた年数分の経験にも確かな価値がある。誰しもが人生を語る中に、他人が耳を澄ませ聞くべきことがあるのだ。

 

今また緑に戻ったセンダンだが、私は以前と違う見方でこの木を見上げている。起業当初、周りの評価に一喜一憂する私にある方が「うれしがりすぎず、悲しがりすぎず」との言葉をくれた。褒められ有頂天になることも、けなされ落ち込むこともなく、平常心でことにあたれとの教えだ。風向きで揺れる枝が変わり、大きくうねりながらも、幹は微動だにしないそのありさまは、揺れ動く心を抱きながらも、何事にも動じない人のあるべき姿のように思う。私はひたむきなセンダンに人生を再び見いだすのだ。

from西日本新聞「わたし活性化計画」面

※情報は2014.6.7時点のものです

灰塚 鮎子

経営者。新潮社、雑誌編集を経て、株式会社Elephant設立。企業向けカウンセリングサービス「HARDIAL」を展開し、組織コンサルティングを提供している。ウェブサイトFan Fun FUKUOKAにて詩を連載中。

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